HOME校長室発「深呼吸しよう」

校長室発「深呼吸しよう」3月号(最終号)   (2017年)           校長 戸島 哲也

深呼吸できる場所
 「戸島先生へ」
 卒業式の翌日、朝の打ち合わせを終えて校長室に戻ってくると、廊下側の床に何やら白い紙が。近付いて見るとそれは1枚のルーズリーフノートでした。おそらく、廊下から校長室のドアと床の隙間を通してスッと入れたのでしょう。私への宛名の部分だけが見えるようにきちんと2つ折りになっています。名前はありませんでしたが、見た瞬間その差出人が誰であるかは直ぐに分かりました。柔らかく読みやすい文字とイラスト。卒業式がすばらしかったこと、“明峰に入学して良かった”と心から思ったこと、来年の学校生活への期待やちょっとだけの不安、自分の卒業式のことなど。こうして書いて伝えずにはいられなかった気持ちが紙面に踊っていました。卒業式は確かに特別な場面です。でも、在校生からこのような視点で話題にされたのは初めてのこと。私にとってはこれまでとは少々違う景色がまた1つ見えてきたのでした。
 さて、振り返ってこの4年間、校長室がどのような場所であったのかとても気になるところです。日々起こる様々な出来事に立ち会い、目撃し、共に力を合わせたり悩みあったり。涙あり笑いもあり。それは必ずしも穏やかな場面だけではなく、その多くは職員室の中ではとても気付けなかったものでした。その点で、教室や職員室とはまた違う意味で教育の最前線だったかも知れません。でも、自信を持って言えるのは、ここに顔を出してくれた数え切れない程の生徒達から、どれだけ多くのことを教えてもらったか。そして同時にどれ程強く励まされてきたかということです。だからでしょうか、私はここで校長としての覚悟を日々確認し、大きな課題に向かうに当たって、ゆっくりと“深呼吸”することが出来たのでした。生徒の皆さん、改めて本当にどうもありがとう。
  明峰の今を発信しようという想いで書き続けてきた「校長室発『深呼吸しよう!』」。それも今月号で最終回となります。通算すると43号、飽きっぽくて継続することが不得意な私としては驚きです。これは、間違いなくHPの管理を引き受け、粘り強くお付き合いいただいたTさん(1月号に登場)のお陰です。
 皆さん、長い間ご愛読いただいて感謝の気持ちで一杯です。これからもどうか、小樽明峰高校をよろしくお願いします。この次お会いできる機会を楽しみに。                 (2017.3.12)

校長室発「深呼吸しよう」2月号   (2017年)                校長 戸島 哲也

14番目の月
 「先生、ここ使ってもいいですか?」
 小会議室で授業のプリントを印刷していると、1年生の女子3人が賑やかに喋りながら入って来ました。座り込んでワイワイとやっている中にもう1人加わります。生徒会機関誌「鳳翔」のクラス原稿を仕上げるために、あれこれと話しながら作業しているのです。またこの時期がやって来たのだなあと思わせてくれるお馴染みのシーン。でもその4人の組み合わせは、アレッと思わせるものでした。好きなことを言い合って、あっちこっちから口も手も出して1つのページを作る。その騒ぎの中で私に気付いたY子が、「先生、・・・」と冒頭の一言。7月の学校祭の時期には考えられなかったし、冬休み前はどうだったかなあ・・・。授業で感じる様子や担任の先生から入ってくる情報からも中々考えにくい場面だったように思います。恐らく、1年を通した教室内での大小のトラブルや悔しい思い、意外な発見やつながり直しなどから作り上げてきた結論なのでしょう。本当にこの時期、生徒の予想外の姿には驚かされ、たくさんの事に気付かされます。私はこういうところに、明峰で生きていることの証のようなものを感じます。
 一方で、社会の風潮には残念ながらそれと正反対の姿があります。人と人の間に無理に線を引いて関係を壊す方向です。国境に壁を作って入れさせないとか、特定の国や立場の人を一括りにして差別をしたりすることが平気で、それも大声で話題にされています。人間の関係づくりには時間と安心と信頼が何より必要だと痛感させられます。
 さて、松任谷由実さんの曲に、「14番目の月」というのがあります。恋愛場面になぞらえて、“(一番きれいだけれど)次の夜から欠ける満月より(1つ前の)14番目の月が一番好き”だと。私も、様々な場面に立ち会って来ましたが、その日になってしまう直前のあの緊張感がたまらなく好きです。特に、卒業式の前の日は、夜遅くまで挨拶(式辞)の内容に悩みますが、イスがきちんと並べられ準備が整った体育館に行き、席に座って1人でボ〜ッとしていると、何とも言えない穏やかな気持ちに包まれます。実は私自身、自分の高校の卒業式には出席できませんでした。大学受験の日程と重なって北海道を離れていたからです。ですから、私にとってこの“前日”には、送る立場でありながらいつの間にか送られる気持ちも重ねている。そういう想いがあるような気がします。
 3年生の皆さん、15番目の日はあっという間にやって来ます。皆さんにとっては、この日を境に欠けるのではなく、もっと大きく色々な形に変わって行く日です。もう1度、この明峰で身につけた生き方をしっかりと心に刻み込んでほしいです。                           (2017.2.11)

校長室発「深呼吸しよう」1月号   (2017年)                校長 戸島 哲也

ずっと待っていたことば
 2017年、明けましておめでとうございます! 新しい始まりには、不安や緊張もありますが、その何倍もの希望と喜びに満ちている気がします。今年1年が皆さんにとって、これまでにも増して「輝く」年になるよう願っています。一方で、3年生にとっては“卒業”へ向けたカウントダウンが静かに聞こえ始めてくる。そんな時かも知れませんね。
 もう10年も前のことになりますが、その3月に卒業したK子が、明峰のブログに「居場所」とタイトルのついた記事を投稿しました。3月30日、午後11時50分の掲載。私はK子の卒業担任ではなく1年生の時だけの付き合いでしたが、声が大きく、深く考えはっきりとモノを言い、笑顔がステキでよく笑い、よく泣いていた彼女のことは、幾つもの印象深い場面と共に鮮やかに思い出されます。実はその当時、まだパソコンを使いこなせずにいた私は、その記事のことを全く知りませんでした。何日か経ってから、K子のお母さんが、ひょっとして(私が)この文章を目にしないままでは・・・と心配になり、印刷して送ってくれたのでした。
 “明峰の3年間を勝手に語りたいと思います”という書き出しの長い文章の中に、「覚えてる?とっしー(私のこと)」という私へのメッセージがありました。友達とお母さんと3人で参加した説明会。中学校の生活全てを話して、真剣に聞いていた私が言った言葉のことを。「私、忘れてないよ。『辛かったね』って。ただその一言があの時の私にどれだけ響いたか。一気に涙が溢れて、きっとずっとその言葉を待ってた気がした。」
 投稿する前日の夜、お母さんはパソコンに向かうK子と短い会話をしたそうです。私の名前をどう標記するかという。決して楽しいことばかりではなかったはずの数年間を振り返って、遅くまで文章を打ち続ける彼女の姿が思い浮かび、胸が熱くなりました。
 その時々の通り過ぎてしまった気持ちや感情は、少しは年を重ねてからやっと言葉に出来るような気がします。同じように、自分に言われた言葉と自分の気持ちや感情がしっくりと折り合いを付けられることにも時間が必要です。焦らず急がず、じっくりと土を耕すようにその時を待つことが大切なのだと思います。
生徒の皆さんとは1月18日(水)の始業式に、中学生の皆さんとはその3日後の21日(土)の第4回学校説明会で元気に会いしましょう。                          (2017.1.1)

<追伸>
 明峰高校の公式HPが立ち上がって丸10年が経ちました。その前身は、今回話題にしたブログでした。当時は、お母さん方が主体となって開設した「PTAのブログ」で、中心となって尽力いただいたのはK子のお母さんや現在もHP運営を担ってくれているTさん達でした。今更ながらこの場をお借りして心から感謝申しあげます。

校長室発「深呼吸しよう」12月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

想像もできなかった分かれ道
「 1年前、向こう側の席に座っていたなんて想像できない!」 今年最後となる3回目の学校説明会。全体会が行われる体育館で、私と並んで会場の様子を眺めながら、A子はこう言ったのです。緊張のために少しだけ昂ぶっていたように感じたけれど、自分の気持ちをしっかりと確かめようとするような口調でした。私と並んでいたのは、全体会で「明峰高校とわたし」という内容でこの1年の経験を通した彼女の考えを発表するためでした。様々な経過を経てここに立っている彼女の姿は、私達が話すよりも何倍もの奥深さをもって受け入れられたに違いありません。
  不運なケガをきっかけに休みがちに。徐々に学校から遠ざかって行った彼女は自信を失い、進学への不安を抱えながら明峰と出会います。相談会やオープンスクールに参加する中で、彼女の高校生活が明確にイメージ出来るようになり、そして(彼女にとっては)運命の個別面談がやってきます。「あの時の面談があったから明峰高校に行こう、とはっきり自分の意志で決めることができたと思う」と言い切ります。向こう側の席にいたA子が、こちら側に来ることになった分かれ道はここだったようです。
 プラネタリウムを普及するプロジェクトの仕事(宙先案内人)をされている橋真理子さんは、その著書『人はなぜ星を見上げるのか』の中でこんなエピソードを紹介しています。全盲の女性が富士山に登ったとき、一緒にいた友人がその頭上に広がる満天の星を見て「すごい星。とにかく、すっごい星」と何度も言うのを聞き、彼女をそこまで感動させる星って一体どんなものなんだろうと思った、というのです。友人の思いもかけない言動から、それまでは特に意識しないで来た星というものに新しい価値を見つけた瞬間なのではないかと思います。私達は、面談という形をとって皆さんとじっくり話しながら、それまでは想像も出来なかったような新しい学校生活の価値を見つけたいと願っています。それは、A子のように大きな分かれ道となり、次に進む勇気を生み出すでしょう。
 今年も残りわずかとなってしまいました。いつもこの時期になると慌ただしく過ごしてしまったこの1年を反省するばかりです。最終日には私の後ろにあるホワイトボードの記入を全て消し、マグネットで止めたメモやプリント類を取りはずします。(1年間ありがとう!)これからやって来る新しい年に、ほんの少しでも希望をつなげられるように願いつつ。皆さん、良い年をお迎え下さい。 (2016.12.19)

校長室発「深呼吸しよう」11月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

生徒からの宿題
 「 先生、集会とかでよく生徒のこと話すでしょ。」
 明峰高校って一体どんな学校なんだろう?そして、これからどんな学校にしたいのだろう? これは、言うまでもなく私にとって一番大切な問いです。それに答えるように、授業をはじめ様々な場面で生徒達に私の願いや想いを届けているつもりです。しかし、一方の生徒達が果たしてその内容をどのように捉え感じ取ってくれているのか・・・。 正直とても気になるところです。
 先日の金曜日、1年生のM子が友達と2人で校長室に顔を出してくれました。金曜日は社会体験学習の実習日。それぞれの実習先の状況によって開始時間は様々です。飲食関係は正午には既に、多くは午後1時頃から。さらに、実習先の場所によって学校を出発する時間がまたバラバラなので、担当する先生方は中々大変。でも私にとっては、この一斉ではないところがこの授業の大きな魅力と感じているのです。
 M子の実習先は保育所。子ども達の午睡(お昼寝)の時間とぶつかるため他の実習先よりも開始が遅いので、その“待ち時間”に寄ったようです。授業の様子や最近休んでいる友達のこと、不満やちょっとした悩み事などをひとしきり話した後で、こう言ったのでした。「先生、集会とかでよく生徒のこと話すでしょ。聞いてて、ああ明峰ってそういうことが出来る学校なんだなあって思ったんだ!」フッと思い出したように突然で、M子自身が自分に言い聞かせるようなそんな言い方でした。その意味するところは? 色々と想像は出来るけれど、簡単に分かった気になってはいけない。これはM子が私に出してくれた宿題だと捉えてじっくりと自分なりの答えを出そうと思っています。
 今年も1回目の学校説明会が終わりました。実はこの日に向けて、昨年お会いした皆さんとの私の面談記録を全部読み返してみたのです。その感想は、この4月から数ヶ月接してきた1年生の生徒達について、私の理解はまだまだ甘いということと、生徒の成長する力はスゴイということ。今回は私なりに仕切り直して望んだ説明会でしたが、全体会の挨拶と関わって、一緒にウドンを食べながら、そして個別の面談の中で沢山のお話しをさせていただきました。この後は、年内に2回(12/3、12/17)と年明けに1回(1/21)予定しています。明峰の教育について改めて皆さんと一緒に深めて行きたいと思います。                         (2016.11.26)

校長室発「深呼吸しよう」10月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

距離に負けないように
 「 先生、なんでこんな距離歩かなきゃならないんだよお!?」
 ここ数年、中々天候に恵まれないでいた強歩遠足でしたが、今年はこの季節の気持ちよさを十分に満喫できた1日となりました。毎年私は、運営が大変な中で、先生方にお願いして生徒と一緒に歩く“任務”につかせてもらっています。今年の距離は、21q。ところが小樽は坂の街ですから高低差が激しく、実際に歩いてみるとその数倍の距離に感じてしまうようです。ゴールしてウドンを食べている私を見つけて「なんで・・・!?」と文句を言ってくる生徒がいるのはいつものこと。私はすかさず「それはもちろん、このウドンを食べるためさ!どうだ、旨かっただろう?」と返します。」
  普段は何かというとすぐ車に頼っている私ですから、自信があるわけではありません。でも結果としてゴールできるのは生徒のお陰です。スタート早々一緒になった1年生のY子。授業中はおしゃべりをする機会も少なく大人しいイメージでしたが、実は良くしゃべる。私は、へエー、そうなの、すごいね!・・・とほとんど聞く側。楽しい空気でどんどん距離を稼ぎます。そのうち予想通りの「足が痛い。もう歩けない!」という展開。そのうち「次の関門はどの先生だろう?I先生だったらそこでおにぎりを食べて休憩。違ったら1つ先まで頑張る。」などとやり始めます。歌いながらダラダラ歩いている集団に混ざり、座り込んでいる先輩に声を掛け、抜こうと思ったら急に走って置いてきぼり。坂から見える海の景色にみんなで「おー!」と感動。何q離れていても、こんな生徒達となら必ずゴールできそうな気がしてきます。
 私はこの22日に沖縄から戻って来ました。19日から3泊4日の日程で行われた修学旅行の引率です。毎日30度を超える気温の中で耳にした「旭川や札幌では雪が降ったらしい」という情報。実のところ、どこか外国の出来事のように聞いていたというのが正直な感覚でした。加えて、那覇から羽田・千歳へと段階的とは言え極端に低くなる気温を肌で感じ取りながら、改めて直線でも2000qを越える小樽と那覇がその数倍を隔てる距離として実感させられたのでした。
 奇しくも旅行中、オスプレイ着陸帯建設に抗議する市民に大阪府警の機動隊員が差別的暴言を浴びせたことが大きなニュースとして連日報道されていましたし、新基地に揺れる辺野古の金網フェンスやのぼり旗が揺れる現場も目にすることが出来ました。同じ時間を同じ場所で生きる経験は、見える景色を変えてくれます。遠くで起こっている出来事であればそれだけ自分の気持ちも離れて受け止め方が軽くなってしまいがちです。距離に負けないように、現実をしっかりと捉えられる問題意識と一緒に考えてくれる仲間を持ち続けたいと思います。                                            (2016.10.30)

校長室発「深呼吸しよう」9月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

若い世代に「肝」を伝える
「校長先生が報告を聞きたいと思うので・・・」
 夜も8時をまわった頃、K先生が家庭訪問から戻って来ました。少々疲れ気味の表情でしたが、私が「お疲れ様。今日の話、聞いた方がいいかい?」とさり気なく声を掛けると、私の方が聞きたいはずなので・・・と明るく返して来ました。日々様々な事情を抱える生徒と関わって一番大切なことは、生徒自身や保護者の方と膝を付き合わしてじっくり話すこと。これに尽きるでしょう。K先生は、今年初めて1年生の担任を持った若い先生ですが、家庭訪問の回数がダントツに多い先生の1人でしょう。
 特に今回、心強かったのは日頃から生徒の相談相手になってくれている大ベテランの保健室の先生が同行してくれたことです。親子以上に年齢差のある名コンビの「報告」は、私1人でどんよりとしていた校長室の空気に喝を入れてくれたのでした。ひょっとすると若いK先生1人だけでは話題にならなかった、あるいは十分に受け止め切れなかったかも知れない。そういう内容が幾つかあったような気がしますが、お互いに“イイ感じ”でカバーし合っていることが手に取るように伝わって来ます。それは、よく言われる「1+1」が3や5になる場面で、明峰高校の強みがここにあることを実感したのでした。そして、かつて、あの宇宙探査機“はやぶさ”計画のプロジェクトマネージャを務めた川口淳一郎さんが、「共同作業をすることで次の世代へ胆(きも)が伝わって行く」と言っていたことを思い出しました。
 さて、これまで私はこの9月を「実りの季節」として表現してきましたが、今年からはもう1つテーマが加わりました。「9・19を忘れてはいけない」9月です。1年前、強行採決によって可決、成立したあの「安全保障関連法案」が今後どのように姿を変えて私達や生徒の日常に迫ってくるのか。注意深く見届け、見極めなければなりません。学校というところは、例えば生徒と私の関係のように45歳も年が離れた世代同士が同じ場所で同じ時間を過ごすことが出来る貴重な場所です。取り分け、3年生の生徒とはこの夏から“直接政治に参加できる仲間”として、語り合うことが可能になりました。私が伝えなければならない「肝(きも)」について、もっと深めて行かなければならないと思います。                        (2016.9.29)

校長室発「深呼吸しよう」8月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

自分を確認できる時間と場所
 「 ごめんな、ちょうどこれから授業でね。」
 明峰高校では、時々卒業生が学校に顔を出してくれます。在学当時を懐かしんで、進学先の勉強の苦労や新しい世界との出会いのことを、スーツを着て就職の報告に、出張の帰りにちょっと、結婚や出産そして子育ての悩みや喜びをしゃべりに。時に、卒業生だったか退学生だったか分からなくなる時もありますが。
 1週間ほど前、私が授業に行こうと荷物を抱え校長室を出ようとした時、卒業生のT君がドアの前に立っていました。すぐ後ろには赤ちゃんを抱いた奥さんの姿も。どうやら当時の担任や学年の先生とも話をし終わって、帰り際に寄ってくれたようです。彼は、私が最後の卒業生を出した翌年、教頭1年目に入学した学年の生徒で、数え切れないほどのピンチを乗り越えて卒業を勝ち取った印象に残る1人。授業があるのでゆっくり話せないことを詫びる私に彼はこう返してくれました。
 「いいんだよ先生。今ちょっと仕事で壁にぶち当たっていて、柄にもなく落ち込んでいたもんだから、元気をもらおうと思って来たんだ。先生の顔、見られて元気になったワ。サンキュー!」そう言って笑顔で手を振って帰って行きました。(相変わらずだなあ・・・。)詳しい事情も聞けず、十分な声も掛けらなかったことに申し訳なさを感じながら、実は元気をもらったのは私の方だったんじゃないか。そう気付いて胸が熱くなったのでした。
 困った時に、嬉しいことがあった時に、特に何があったという訳でなくても、今の自分を話題にして自分のことを見つめ、自分のことを確認できる時間と場所がある。若い人だけでなく私達にもそんなことがとても大切なのだろうとつくづく思います。
 さて、9月は10月からの後半に向けて力を蓄える時です。そのために、ちょっと立ち止まって、ずっと走り続けてきたこの半年を振り返って頭の中を整理し直してみる。ぜひそんな時間を持ってほしいと思います。私は、9月1日、2日と1年生の宿泊研修でニセコへ向かいます。生徒と一緒にラフティングでずぶ濡れになって盛り上がるのが今から楽しみです。 (2016.8.29)

校長室発「深呼吸しよう」7月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

”ひまわり”はいつでもベストを尽くす
  『明峰祭の開幕、おめでとう!』
先ずは、この会場をここまで復元してくれた文化委員の皆さん、有志で手伝ってくれたみんなどうもありがとう。そして、今日まで、色々とあったと思うけれど、とにかく取り組みを引っ張ってきてくれた生徒会役員のみなさん、本当にお疲れ様。私は、もう担任でも学年の一員でもないので、何も手伝えずにただ遠くから見守っていただけだけれど、今日の開会式を迎えられたこと、とても嬉しいです。
 激しい嵐の中でも、ギラギラと照り返す猛烈な暑さの中でも、落ち込んでどうしようもない重い気分の中にあっても、パッと明るい空気に変えてくれる。今回のメインテーマとなった“ひまわり”という花にはそんな力があると思います。そのイメージを私自身に引き寄せて言い換えるならこうです。『いつでもベストを尽くす!』 それは、ここにいる皆さんにとって実は、今一番必要なものではないだろうか。そう感じます。だから、明峰祭のテーマとしては、まさにベスト。今日から3日間、大きなひまわりの花びらを開かせられるかどうかはみんな次第。期待しています。」今日の開会式で、私の短いメッセージに込めた気持ちはこんなことでした。今夕、6時半から8時半まで行われる“あんどんパレード”で生徒達のエネルギーがほとばしるでしょう。
 さて、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことで、本校でも3年生のうち実に4分の1の生徒が今回の参院選に投票の権利を得ました。生徒達は歴史に残る大きな瞬間に立ち会ったことになります。生徒の多くは、これまでも家族や友人が直面している生活実態を知らざるを得ないこと、アルバイトの経験、私学助成署名に関わる取り組みや沖縄への修学旅行などを通して、自分たちの日常生活の先には政治があることを掴んでいるはずです。今回そういう自分たちの願いを託せる大人との出会いがあったのかどうか。果たして私たちは、そのためのアプローチを十分にしてきたのか。反省と共に私達が担っている責任の重さを実感しているところです。
 学校祭の後は待ちに待った夏休み。そして、中学生の皆さんとは8月6日(土)の「夏休み入試相談会」でお会いすることになります。皆さんがこれから自分の将来や進路を真剣に考え、自分の道を探して行こうという想いに、ベストを尽くして応えて行きたいと思います。1人でも多くの皆さんが参加してくれることを楽しみにしています。      (明峰祭1日目、あんどんパレードの日に /2016.7.15)

校長室発「深呼吸しよう」6月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

もう1つの「財産」
「改めて、本当にありがとう!」
先週の火曜日から4日間にわたって、小樽市の総合体育館を会場にして高体連剣道の全道大会が行われました。明峰高校は当番校として運営に当たりましたが、実は3校の共催という形で実施するという大会史上初の試みとなったのでした。3つの学校が1つの取り組みに向かって行くのは簡単なことではありませんし、不安も課題も山積み。しかし一方で、「初」ということに対する期待や楽しみも相まって「せっかくなら歴史に残る大会にしよう!」と密かな“ねらい”が見えてきました。
 選手たちの活躍は言うまでもありませんが、私が何よりも嬉しかったのは、各校から参加してくれた剣道部員以外の生徒の姿でした。スキー部あり、サッカー部や女子バスケット部、放送局、生徒会役員と有志の生徒まで、学校の枠を越えて文字通り大活躍でした。男女問わず、大小の荷物運びから設置・撤去、試合運営の補助そして後片付けへ。私は、閉会式挨拶の中で「会場のあちらこちらで、汗をかきながら、例え昼食の時間が遅くなっても文句も言わず 一生懸命に動き回ってくれた姿がありました。私は、その場で皆さんに十分にお礼の声を掛けることが出来ませんでした。」ということばに冒頭の一言を添えたのでした。選手達がひたむきに、懸命に、全力で試合に臨む姿と同じように、この生徒達の姿は今回の大会の「財産」であったと思っています。
 いつの間にか日差しも強さを増して草花が伸び盛る季節に入って来ました。もう10日もすると、「明峰祭」の取り組みが本格的に始まり、校内はにわかに活気づきます。行事の取り組みは決してスムーズには進みません。その最中には普段は起こらないような様々に面倒な出来事が起こりますが、そこには日常の生活では見えない生徒やクラスの本質のようなものが浮かび上がっている。そう捉えても良いでしょう。だからこそ私たちは一人で抱え込まず、生徒や先生方と力を合わせる努力や工夫が求められてきます。そんな中でまた1つ「財産」が見つかるのではないかと、今から楽しみで仕方がありません。                     (7月が目前/2016.6.28)

校長室発「深呼吸しよう」5月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

だからこそ今がある
 「私、息子にホント申し訳ないと思っているんです。」
 T君は、中学校まで学校という場所とはずっと距離を取っていました。それが明峰に入学して、分かり合える仲間と出会い自分を取り戻します。仲間と共に生徒会役員に立候補、がぜん頭角を現し始めます。一方で「息子の分も私が頑張ろう!」と心に決めてPTA運営委員に立候補したお母さん。そんなT君の意外な変貌ぶりに驚くばかりでした。お母さんとT君、共に大活躍した1年が終わったのでした。
 4月末のPTA懇親会、帰りの道すがらお母さんは息子さんとの10数年を振り返って、ずっと胸にしまっていたことを話してくれました。「小さい頃は子育てと仕事・生活で一杯いっぱいで余裕が無く、思うようにならないT君のことを怒ってばかり。今思うとかわいそうで仕方がない。余裕の無さでは今も同じだけれど、この1年で今まで全然気付かなかった色々な姿が見えてきて、今更ながら可愛くて仕方がない。本当なら、もっと早く小さい頃にそうしてあげたかった。そうすれば、今の息子は全然違っていたと思う」と。T君のお母さんの切ない想いは十分に受け取りつつ、私はこんな言葉をかけたのでした。「・・・だからこそ、今のT君があるんですよね。」
 先日、難病である筋ジストロフィーを患う詩人、岩崎航さんを追った番組を観ました。3歳で発症してから37年、現在は24時間人工呼吸器を離せず、生活の全てに介助を必要とする毎日。20代に なって五行詩に取り組み初め、パソコンを通して発信し続けています。そのテーマは「生きる」こと。私が最も印象的だったのは、同じ病を生きる7歳年上のお兄さんとの会話の場面です。気管を切開しているので言葉としては容易に聞き取れないお兄さんの問いに「大体分かるよ!」と応える航さん。お互いの状況は分かり合っているから気遣いは十分に感じながら、言いたいこと、伝えたいことははっきりと口に出して会話が弾む。感謝の気持ちもことばで表す。「今日は楽しかったよ、ありがとうな。」とお兄さん。2人の息子達の様子を優しい笑顔で眺めながら、お父さんは時々口を出して話に加わります。ある意味当たり前かも知れないけれど、こんなに楽しそうに話す息子達の会話に立ち会える父親は、果たしてどれ程いるでしょう。これまでお父さんが抱えてこられたものの重さは、私の想像を越えるものでしょう。ただ、今ある“幸せな場面”はその先にこそ見えてきたに違いない。そう思います。
 5月という月は、いつも私の気持ちをザワつかせます。「憲法」と「子どもたち」、その将来について改めて深く考えざるを得なくなるからです。加えて今年は「平和」の二文字が今までにない強さで迫ってきます。いずれやって来る大切な「今」のために、私達がやらなければならないこと。また、子ども達と一緒に始めたいと思います。                                              (2016.5.7)

校長室発「深呼吸しよう」4月号   (2016年)                校長 戸島 哲也

私が知らない引き出し
「先生、私のこと心配だったでしょ!」
 4月10日に行われた入学式。見事に司会を務めてくれたS子は、式が終わった後で私にそうやって話しかけてきました。式の最中に、私が何度もチラチラとS子の方を見ていたので、上手くやれるか心配しているのだろうと感じていたようです。
 S子は、私の授業について「校長先生の声は催眠術だ!」と書いてきたことがあります。そう言えば、何度か授業中に睡魔と懸命に闘っている姿を見かけていました。小学生の時からバスケットボールの魅力に引かれ、中学校ではキャプテンを務めます。チームをまとめる大変さや人間関係の難しさをイヤと言うほど経験したのだろうと思います。何か始めてもいつも諦めがちだったけれど、バスケットボールだけは続けることが出来た。だから毎日の生活の中で欠かせないものになって行った。そして昨年の4月、明峰高校に入学します。今、バスケットボールを自分の高校生活にしっかりと位置づけて、その方向をしっかりと見つめながら、土日も含めて練習に打ち込んでいる。その姿は、思いっきり輝いているしカッコイイと感じて、私は1年間勝手に応援して来ました。そんなS子が入学式の司会をやっている。心配どころか、「頑張ってるなあ・・・」という嬉しい気持ちが一杯で、それがS子の言う“チラチラ“になったのだろうと思います。
 明峰高校では、入学式や卒業式の司会を教師と生徒の2人で担当します。生徒の指名は、担当となった先生のセンスに任され、「この生徒とやりたい!」という気持ちが最優先されます。今回の担当は偶然にも女子バスケットボール部の顧問でしたが、最初からS子に決めていたと言います。私は正直、部活に打ち込む様子から入学式で司会としてマイクの前に立つ姿は中々イメージ出来ませんでしたが、それまで私が知らなかったS子の別な世界を見せてもらった気がしたのでした。
 4月に入学したあるお子さんのお母さんから頂いたお手紙の中にこんな文面がありました。「うちの子を受け入れて頂いたので、何か1つでも自信が持てるものが出来たらと思います。(息子には)私が知らない引き出しがあるかも知れません。先生方に見つけてもらえたらと思っています。」この1年間、子ども達とじっくり付き合いながら、これまでは見つけてもらえずに来た、とても面白くて深く、鮮やかな世界に出会って行きたいと思います。
                                        (2016.4.22)

校長室発「深呼吸しよう」3月号  (2016年)                 校長 戸島 哲也

もっと深く感じ取りたい
 「パソコンの前で朝を迎えたことが何度もありました。」
私達の学園にあるもう1つの学校、小樽看護専門学校の卒業式が、3月5日に行われました。准看護師として働きながら正看護師の資格を取る夜間の専門学校。学生の年齢層は様々で、家庭を持たれている方も相当数いらっしゃいます。命に直結する現場で働きながら同時に学生として学ぶ。他の職種には想像も付かない緊張感と集中力が要求されます。特に、病院実習の時期には、実習とは言え通常の勤務と変わらない医療現場と向き合いながら、翌日までに提出しなければならないレポートも課されます。布団に入ってしまえば間違いなく朝まで眠ってしまう。パソコンに向かい、短時間の仮眠を取りながらいつの間にか朝を迎える。そんな場面が冒頭の一文。答辞の中で代表の学生が述べてくれたものです。その学生は、生まれて初めて、布団の中で寝ることのありがたみをしみじみと感じたと先生に話していたそうです。正に、勝ち取った卒業と言ってもいいでしょう。
 さて、今年も明峰高校の卒業式では、何人もの生徒が壇上でそれぞれの言葉に託して自分の気持ちを伝えていました。「僕は、こんな大勢の人の前で話せるような人間ではなかった」けれど、それを乗り越えて来た自分がいて、どうしても話したい中身があるのだという事実。そうやって突き動かされてゆく生徒の姿。これまで何度も目にしてきた場面です。しかし、先に話題にした学生のことばに出会って、改めてそれぞれの生徒の中にある想いの深さを、胸に迫る出来事のことを、もっともっと感じ取りたいと思うようになりました。
 予想以上に早い雪解けのスピードにやっと追い付くように、4月は目の前に迫って来ました。もうすぐ始まる高校生活に胸をときめかせ、着々と準備を始めている皆さん。ちょっと立ち止まって自分自身をゆっくりと振り返っているあなた方。実は、今に至っても高校への進学を決められずにいるあなた。いずれにしても時間はもう少しあります。あなたに一番合っている歩き方を見つけてください。                 (2016.3.20)

校長室発「深呼吸しよう」2月号  (2016年)                 校長 戸島 哲也

分かったつもりにならない
 「Mくんが教室に戻って来てくれた。誰にも優しくできる彼を僕はとても尊敬している。」
 2月に入って、その日「生物日誌」の担当だったKくんは、同じクラスのMくんについて話題にし、最後にこう書きました。私はまるで大発見をしたような気分で、この文章を縮小コピーして冊子に貼り付け、蛍光ペンでなぞったのでした。
 「冊子」というのは、入学して最初の授業が終わった後に書いてもらう、B6サイズの小さなアンケート用紙を綴じたものです。初めて受けた授業の印象やこれからの授業に期待すること、「これはイヤです!」と事前に知っておいてほしいことや要望など。裏には自分の似顔絵(これが中々上手くて面白い、プリクラもあり)と共に自己紹介を書く欄もあります。これをヒモでゆるく綴じ、個人写真のカラーコピーを切り取って貼り付けます。
 始めた当初は、年々不得意になる生徒の名前と顔を一致させるための窮余の策でしたが、最近はその役割が変わった気がします。生徒の思いもよらない姿や私の心に引っかかる「ことば」を書き留め、貼り付ける内にどんどんと厚くなって来たからです。
 Kくんは、物静かで言葉少なくじっと授業に聞き入っているタイプ。Mくんは声が大きく、授業でも様々な意見を口に出す力があるけれど、時に先生の声よりもさらに上を行きノリ過ぎて注意される
ことも多かった生徒(でも良い子です)。「教室に戻った」というのは、Mくんに先生方からの特別な指導があって何日か教室には入れずにいたということ。これまで、2人の間に日常的な接点があるとは想像しにくかったのですが、Kくんの受け取り方は全く予想外でした。
そんなわけで、この冊子は生徒達の驚く発見で一杯になり今も成長し続けています。振り返って、この冊子を通して私が生徒達から厳しく教えられたのは、「(生徒を)分かったつもりになってはいけない」ということでした。
今年も、3月1日が迫ってきます。“高校の卒業”とは、その先が就職であろうと進学であろうと一般社会に直接足を踏み入れることを意味します。そこは、驚くような発見と出会いに満ちていて、分からない、分かりづらいことだらけです。加えて、もっと広い目で見るなら、今の日本はこれからの50年、100年先に関わって大きな分岐点に差しかかっていると思います。求められるのは、1人ひとりが知って、考えて、動くこと。ダメなことは「ダメ!」と言う、分からないことは「分からない!」と声に出すこと。それは、卒業生も私と同じ課題を持って、私と同じ地面に立つことになるはずです。                               (2016.2.19)

校長室発「深呼吸しよう」1月号  (2016年)                 校長 戸島 哲也

「学ぶこと」から変わることへ
「あの赤ちゃん、今いくつなんだろう?」
 毎年12月に入ると、私の授業では哺乳類の分類や進化の発展編として、私達ヒトの出産を映像で扱うことにしています。人間の赤ちゃんの誕生を取り上げたものは、今では驚くほど鮮明でCGも駆使した素晴らしい作品がたくさんありますが、私が生徒に見てほしい“親と子の命の出会い”と関わって、今もってあのビデオを越える
ものはありません。それは、何年も前のドキュメンタリー番組を録画したもので、いつも「とても古いけれど・・・」と冒頭に私のこだわりを解説してから開始します。
 今回、M子は授業後に提出してもらったレポートの感想欄をこう締めくくっていました。「ところで、あの赤ちゃん、今いくつなんだろう?会ってみたい気がする。」と。「えっ!?」というのが私の正直な反応でした。これまで何度となく生徒と一緒に見続けて、その度に感動を新たにしてきた私でしたが、赤ちゃんのその後について考えるということ・・・。実はこれまで一度もありませんでした。私にとってこの分野の扱いは、お母さんのお腹に1つの命として宿ってから、赤ちゃんの誕生によって完結してしまっていたのでした。
 久しぶりに録画のメモを辿ってみてびっくり。何と、22年も前のことで、もうとっくに成人しているではありませんか。番組の中
で、様々な姿を見せてくれたあの男の子が、その後どんな人生を歩み、今どうしているのか。毎回、当たり前のように終了していた私の感覚が、にわかにザワザワと動き始めました。来年の1年生からは、単純にこのビデオの扱い方だけではなく、授業そのものが大きく変えられることになるでしょう。私はM子から大切な視点を学んだのでした。
 さて、昨年はこの国の行く末と関わって、多くの若い世代の姿に希望を見つけた年でした。それは、考え、学び、行動することで何かが変わるのだという事実によって示されたのでした。今年は、その事実が花を開き、例えどんなに小さくてもしっかりと実を結ぶ。そんな1年にしたいと思います。冬休み前の終業式、新しい年を迎えるに当たって、約束として生徒に伝えたのは「次の世代へつないでゆけるように私自身がもっと学ぶ」ということでした。かつて、私が教師という仕事を目指すに当たって、大きな影響を与えて下さった林竹二先生は、自著の「学ぶということ」の中でこう書いています。「学んだことの証しは、ただ1つ、何かが変わることだ」。
 生徒の皆さんとは1月18日(月)の始業式に、中学生の皆さんとは23日(土)の第4回学校説明会で元気にお会いしましょう。                                 (2016.1.1)

校長室発「深呼吸しよう」12月号  (2015年)                校長 戸島 哲也

他人、まかせにしない
 「もう娘は自分で決めていますから!」
 先週土曜日に行われた第2回学校説明会、私は感動的な再会を経験しました。ちょうど1年前、2年生の時に参加して、私が面談させてもらったY子さんとの再会です。その当時、お母さんと並んで座った彼女の印象は、おっとりとしていてかわいらしいけれど芯の強さが見え隠れする。受け答えはゆっくりで声も小さめ、つい隣のお母さんに助けを求めてしまうけれど、話しているととても穏やかで柔らかな空気が流れている。もし、心配事があるとすれば、色々な人から大切にされ守られてきたこれまでの世界から、自分の足で一歩踏み出し、新しい出会いとどう向き合うかということ。そんなふうに考えながらの面談でした。
 久しぶりに会ったY子さんでしたが、楽しそうにお母さんに話しかける姿が印象的で、1年間という時間の「長さ」だけではなく、その中身の豊かさも伝わってきました。感じる空気はそのままでしたが、逞しさと自信のようなものがしっかりとありました。そして何より嬉しかったのは、面談の最後にお母さんから、Y子さんがもう明峰に入学する意志を自分で決めているという言葉が聞けた事でした。あの時私が持った心配は、彼女が「自分で決める」という事実で乗り越えてくれたようです。誰でも、事に臨んで重要な選択に迫られる場面では、思わず立ちすくんでしまいます。そんな時、自分の頭で考え、自分の心で判断して何れかを“選び取れる力”。私は、そのような力を子ども達に身につけてほしいと願っています。誰かが決めたのだからと人のせいには出来ない。そこには、自分決めて選んだという責任が伴って来るからです。
 私の大好きな詩人の1人である茨木のり子さんは、「倚りかからず」という詩集のあとがきで「振り返ってみると、すべてを含めて、自分の意志ではっきりと一歩前に踏み出したという経験は、指折り数えて、たったの五回しかなかった。」と書いています。いつも明解で痛快、凛としたイメージだった茨木さんでさえそうなのだから、私などには簡単なことではない。そうやって自分を甘やかしてきた私ですが、Y子さんとの再会で背中がスッと伸びた気がします。先に話題にした子ども達への願い、実は大人の私達に対する課題でもあることを忘れてはいけないでしょう。“他人まかせにしない”という意味で。
 来年は「申年」。気が付くと私も年男として迎える新年です。60歳を目の前にして価値のある選択が出来る1年になればと思います。皆さんとは、12月19日、今年最後の説明会で又お会いしましょう。では、少々早いですが、良いお年をお迎えください。                           (2015.12.12)

校長室発「深呼吸しよう」11月号  (2015年)                校長 戸島 哲也

家族の物語りが立ち上がる
「そんなことを考えていたんだ・・・。今初めて聞きました。」
いつの頃からか、K子さんが持ち続けてきた両親に対する素直な気持ちや、自分を振り返って気づき始めた今乗り越えなければならない課題のようなもの。そのことを初めて言葉にした時、お父さんとお母さんは同じように驚き、そして何とも言えない温かな空気が生まれたのでした。
 私は、受験と関わって中学生の皆さんやその保護者の方々からお話しを伺う機会がたくさんあります。つい10日前にも、学校説明会の個別面談を通して大切な時間を持たせていただきました。私にとっては知りたいことばかり。一方で受験に関わる皆さんの要望に応えなければならないという責任を感じながらも、先のK子さんのような場面に出会うとやはり幸せな気持ちになります。それは、これまであまり意識されずに来たかもしれない「家族の物語」が生き生きと立ち上がってくるような気がするからです。
 もう8年程前になります。「ぬくもりの向こうに〜親の愛を知らない子どもたち」というドキュメンタリー番組が、大沢たかおさんの出演で全国放送されました。様々な事情があって、親や家族の元では暮らせない幼い子ども達が生活を共にする道内唯一の公共施設、道立中央乳児院が舞台でした。偶然にも、その施設には前の年から社会体験学習の実習で生徒がお世話になっていました。きっかけは北海道新聞がその乳児院を連載記事で扱ったことでした。私は、その連載を読み進めてゆく内に、この子ども達や職員の皆さんにぜひお会いしたいと思うようになったのでした。記事にあった「色々な人に来ていただきたい。特に中学生や高校生にはうちの子を抱いてもらい、かわいらしさや愛おしさを分かってもらいたい」という療育課長さんの言葉に引かれ、直にお会いして実現したものです
 ところが、残念なことに番組が放送された年度限りで札幌市内に移転し、同時に民間委譲されることが決まっていました。赤字を抱える道の財政改革による決定です。しかし、その2年間を通して生徒も私自身も、本人達にしか語れない多くの「家族の物語」とその子ども達の温もりを支え続けた大人達と出会い、それすら壊されてゆく現実とも向き合う。そんな貴重な経験をしたのでした。
 さて、先日の第1回学校説明会。面談を終えて、帰り際にこうおしゃって下さったお母さんがいました。「息子の話をたくさん聞けて、とても良い時間を過ごさせてもらいました」と。お母さんは、面談での息子さんの姿を通してこれまで気付かずにいた何かを見つけられたのかもしれません。この後、年末を挟んでまだ3回の学校説明会が予定されています。ぜひたくさんの皆さんとお会いして、あなたの大切な物語を聞かせてほしい。そう願っています。
                                      (2015.11.23)

校長室発「深呼吸しよう」10月号  (2015年)                校長 戸島 哲也

背中をポンと押してあげること
「生徒会というものに対してとても興味と憧れがありました。」
 10月は生徒会役員が改選される季節です。今月15日に行われた立ち会い演説会には、1年生から何と9人という異例の立候補者が。その中の1人にMくんがいました。彼は演説の中で、立候補に当たって2つの理由をあげました。1つは、様々な行事の場面で活躍する先輩達の姿を見て、自分もぜひ一員として関わってみたいと強く思ったこと。それが冒頭の「興味と憧れ」という言葉で表現されています。もう1つは、そのような先輩達から役員に入ることを勧められたこと。入学して半年、クラスや部活から少しずつ世界を広げ、先輩の姿や生徒会という方向に心が動き始めた時、彼は先輩からポンと背中を押されたのでした。
 ところで、つい先日、3年前に卒業したある女子生徒のお母さんから手紙が届き、近況を知ることが出来ました。振り返ると、彼女に関わってご両親とは実に良いお付き合いをさせていただいたと思います。その始まりは彼女が中学3年生の10月にお母さんからいただいた進路相談の電話でした。友人関係でずっと学校に登校出来ない毎日。さらに心が痛んだのは、そのことと絡んだちょっとした行き違いが元で「もうお父さんとは一生話をしない!」となっていたことでした。しかしその後、3人で学校説明会に参加したことで状況は大きく変わります。
 「先生、先日の説明会が終わった後帰りの車の中で、2年間ずっと一言も会話がなかった夫と娘が楽しそうに会話していたんです。私、信じられなくて、嬉しくて涙が出てしまいました。」その数日後にいただいたお母さんからの電話です。娘はあの時きっと何かきっかけを探していたのだろうと思う。あの説明会が彼女の背中を押してくれたに違いない。でもひょっとすると、ポンと背中を押してほしかったのは実は親の私の方だったのかも知れない。お母さんはそう振り返ります。いずれにしても、大切なことは誰が背中を押してくれるのかということでしょう。
 さて私は、11月4日から修学旅行の引率で生徒達と沖縄へと出かけます。今、辺野古の米軍新基地建設に伴う沿岸部埋め立てに関わって揺れている沖縄。私たちが今回訪れる“美ら海水族館”があるのはこの辺野古の隣町です。そして、この2年生の何割かは、来年夏の選挙から1票を投じる側になるでしょう。もう目の前の出来事から目をそらすことは出来ません。彼らが、じっくりと時間をかけて物事を見ることができる「大人」になってくれることを願わずにいられません。そんな期待を込めた旅行です。
 小樽に戻って来るとすぐ、1回目の学校説明会がやって来ます。皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
                                      (2015.10.27)

校長室発「深呼吸しよう」9月号 (2015年)                  校長 戸島 哲也

子どものために涙を流せる大人
「先生は僕の中学校にも行きますか?」
 今年2回目の中学校訪問は、9月11日から始まりました。生徒募集・入試に関する詳しい説明やオープンスクールのお誘いを初め、様々な情報交換が主な内容。定期試験の採点や成績の提出など前期末の業務と重なる目の回るような日程ですが、とても重要な時期の訪問です。生徒は、自分の出身中学校にどの先生が訪問するのかかなり気にしていて、時に私にも探りを入れてきます。
 私が受け持った最後のクラスの生徒が1年生の時、訪問する際にどうしても一緒に連れて行きたいと考えていた生徒がいました。中学校で友人関係に傷つき、辛い思いをしてやっと卒業できたS子です。お世話になった担任の先生の話を何度か聞く内に、どうしても今のS子と対面してほしくなったのです。訪問した時間は丁度学年会議の最中で、進路担当の先生との話が済んでからも会議終了のメドは分かりませんでした。「仕方ないね。また今度チャンスがあったら一緒に来ような。」そう言って進路担当の先生と3人で階段を降りようとしたとき、後ろから呼び止める声が。様子を知った他の先生が担任の先生に声を掛けてくれたのです。
 楽しそうに会話した後、「まあ、こんなに明るくなって!良かったわ・・・」そう言ってS子の手を握った先生の目には涙がいっぱいあふれていたのでした。受験に当たって私が手にした書類には表しきれなかったであろうS子との関わり。喜びと共に多くの悩みや苦労、そしてS子への深い想いが想像されました。先生は、S子と同じ時代を生きる1人の大人として、一緒に悩み考え、一緒に歩いてくれたに違いありません。自分のために涙を流してくれる大人が目の前にいる。S子はその光景をどう受け止めたのでしょう。
 さて、9月19日は、私事で申し訳ないのですが私の59回目の誕生日でした。奇しくも同じその日の未明、あの「安全保障関連法案」が強行採決によって可決、成立したのでした。幸か不幸かこの日は私にとって特別に忘れることの出来ない日になってしまいました。その一方で、日本の将来を真剣に考え、声を出し行動してきた多くの人達がいたこともまた事実です。特に9月に入ってから連日報道されてきた若者達の姿や飾らないメッセージに胸を熱くし、応援して来た私のような年代の方もたくさんいることでしょう。
 この重大な出来事を前に、あのS子の担任の先生のように涙を流すことは出来なくても、私自身の問題として、生徒達にメッセージとして伝えてゆきたい。実りの季節9月にそんな決意をしました。(2015.9.22)

校長室発「深呼吸しよう」8月号  (2015年)                 校長 戸島 哲也

「語りなおし」に耳を傾ける
「あと1日、よろしくお願いします!」
 厳しい暑さが続く中、男女合わせて31チームとなるバスケットボール部の生徒が全道から小樽に集まりました。その総数は、顧問も入れると450名を越えます。試合を通してレベルアップをはかろうという“小樽サマーキャンプ”が、この5日から7日までの3日間行われているからです。明峰の生徒は学校に合宿しての参加です。
 午後5時半すぎ、他校の会場で試合を終えたばかりの女子バスケ部。新キャプテンと副キャプテンが、校長室に挨拶に来てくれました。私の机の前に2人で立ち、最初はちょっとモソモソしていましたが、いつもの大きな声でスッキリと。夏休み中に自由に校舎を使わせてもらったお礼と「あと1日、・・・。」そして「失礼しまーす!」と廊下を駆けて行く2人の背中は、ずいぶんと逞しく見えます。
 さて、先日8月2日に行われた「夏休み入試相談会」は、過去最高の参加人数でした。この会の重要なポイントは、私たちはしゃべり過ぎず、とにかく聞く側になることです。そのためには、参加してくれた本人や保護者の方に多くを語ってもらわなければなりません。私が担当した3組の皆さんは、いずれも不安そうに緊張して私の前に座られました。今現在の「私」や娘、息子のことを語りながら、それに連なる中学入学からの2年余りや小学校時代、さらにはそれ以前の自分。その時々の周囲に展開された様々なエピソードについて思いを馳せながら「語り」は進みます。私は、出来る限り少なめの言葉を挟むだけ。そのうち、少しずつ表情や体の姿勢が変化し、空気も柔らかく伸びやかになって来ていることに気付きます。それは一般的な“慣れてきたことと”は全く別質のものように感じられます。その変化は一体どこから来るのか。私たちが聞き取っている「語り」は、これまでの自分のストーリーを説明することとは違う、「語りなおし」のようなものになっているのではないかと思うのです。その「語りなおし」を通して、現在の自分が置かれている状況(苦しみだったり、悩みだったり、不満だったり、自信のなさだったり、人間関係の困難さだったり)や日常の現実に対する認識を深めて行ったり、それらの原因がどこにあるのか少しずつ気付いて行ったり。「語りなおし」とはそのような働きをしているように思えます。そしていずれ、その状況を変えようと立ち上がる自分と出会うでしょう。そのイメージは、あの女子バスケ部の2人の背中と重なります。
 8月19日、夏休みが明けるとそれぞれの事情を抱えて生徒達が戻ってきます。まだ夏休みモードを引きずる生徒の、新しい「語りなおし」に耳を傾けなければなりません。
 中学生の皆さんとは、10月17日(土)のオープンスクールでお会いしましょう。私が今回出会った3人は、嬉しいことにもう予約済みです。             (2015.8.6、70回目の広島平和記念日に)

校長室発「深呼吸しよう」7月号  (2015年)                 校長 戸島 哲也

歩み寄ってちゃんと決める
 「じゃあさ、どうなっていればHくんは納得するワケ?」
 やっと夏らしい日差しと共に、学校祭(明峰祭)のシーズンがやって来ました。今年のテーマは“Flower 〜咲乱華美(さくらんはなび)〜”。咲き乱れる華と花火を掛けているのです。全く、生徒が持つことばのセンスには舌を巻きます。
 私は、これまで何度もHR担任として学校祭に立ち会ってきましたが、その経験から得た教訓は、内容もさることながらその「決め方」がその後の取り組みを大きく左右するということでした。何年か前の1年生のクラス。ステージの出し物を決定するHRでのことです。提案された原案は、オリジナルダンス、よさこい、「(当時テレビで放映していた)ごくせん」の3つ。議論の末、ダンスとよさこいが候補からはずされ、“ごくせん”の方向に意見が傾いて行きました。「じゃあ“ごくせん”ということでいいですか?」という議長の声にパラッパラッと手が上がり始めた時、「僕は反対です!」とHが声を上げたのでした。その時教室中がどよめき、非難めいた声も飛び出します。やっと決まる方向へ動き出し教室全体に湧いてきたホッとした空気が崩れたからです。
 「何がダメなのさ?」日頃から発言力のあるM子が反応します。最初から“ごくせん”と決めず演劇という広い枠で決めて内容はその後に具体化した方が良い。今流行りのありきたりな学園ドラマに流れるのは嫌だ。それがHの主張でした。これには、それまで黙っていた生徒からも意見が出始め、議論はヒートアップして着地点が見えないまま時間ばかりが過ぎて行きます。
 その時、冒頭にある「じゃあさ、・・・」と発言したのがM子でした。Hに反対し、批判の言葉をぶつけ、硬直した空気の中で、M子は自分からHに歩み寄ったのでした。この発言をきっかけに相手の話を聞いてまとめようとする方向が少しずつ見え始め、最終的には、1人1人の意思を確認しながら、原案を尊重し「”ごくせん”をベースにした演劇」という案に決定して行きます。長いHRの後、声を掛けると「僕は、”ごくせん”でも良いです。でもどうせやるならちゃんと決めてやりたいんですよね」とH。今年も各クラスで、同じような場面が数多くあったことでしょう。その成果がどう出るのか楽しみで仕方がありません。
 折しも国会では、これからの日本の将来を大きく揺るがす10本を越える法案が、昨日と今日、立て続けに「強行採決」という非常に残念な形で可決されてしまいました。そこには、Hが拘った「どうせやるならちゃん決めてやりたい」という主張も、M子の歩み寄るという姿勢も生かされてはいません。1月号で私は、「今年1年が、『あの年があったから、こんなに世界は平和で豊かになった!』と歴史に刻まれるような実りのある年となるように」と書きましたが、今改めてその重みを実感しています。
 さて、学校祭の後は待ちに待った夏休み。そして、中学生の皆さんとは8月2日(日)の「夏休み入試相談会」でお会いすることになります。私たちは、皆さんに歩み寄って、ちゃんとお話を聞かせていただきます。1人でも多くの皆さんが参加してくれることを楽しみにしています。                (2015.7.16)

校長室発「深呼吸しよう」6月号  (2015年)                 校長 戸島 哲也

間違えても大丈夫な安心感
「よくやったと思うんだ、自分・・・」
先週月曜日から3日間、今年度第1回目の定期試験が行われました。1年生にとっては高校生になって初めての試験なので、生徒はかなり緊張して臨んだようです。授業する側の私達も、試験に向けた準備の仕方、成績に関わる点数の扱い方やいわゆる「赤点」のことなど意識的に話題にしてきました。それは、中学校までの試験というものに対する嫌なイメージを払拭して、良いスタートを切ってほしいという願いがあるからです。K子は、答案用紙の感想欄に冒頭の「よくやった・・・」と書いてきました。その甲斐あって文句なしの高得点で、小論文には満点をつけさせてもらいました。
 小論文というのは、私の試験で毎回必ず出題しているもので、その都度試験範囲から拾った特別のテーマに沿って200文字から250文字でまとめる形式です。ポイントは、予め模範となる正解がなく、それぞれが“自分の考えで”独創的に論を展開して良い(=しなければならない)と言うことです。その結果様々な説が続出することとなり、生徒の柔らかで奇想天外な発想に感動させられます。この自由な表現の裏付けは、日々の授業の中で育って来ていると思います。それは、人にはそれぞれの考え方、発想、意見があるのだから自分と違うからと言って、拒否したり、一方的に批判したり、あるいはバカにしたりしてはいけない。先ずは耳を傾けようというスタンスです。実はこれらのことは、毎年4月の授業開始に当たって、私も含めてお互いにし合う大事な約束事のひとつとなっています。生徒は「授業中に間違えても大丈夫、という安心感があってとてもいい」と言います。
 さて、6月に入って、ますます日本の将来と平和が不安に思えてくる出来事が続けざまに起こっています。皆さんもご存じのように、つい先日ある会合での発言がメディアを通して大きな話題となりました。その主旨は、「自分たちと異なる意見は無視し、排除し、潰しても良い」ということでしょうか。私が授業の中で生徒に訴えてきた主張とは真っ向から対立するものです。生徒の立場に立つなら「不安で自分の考えなど自由に表明できない」ということになってしまうでしょう。
 日々の生活を通して、じっくりと生徒に語りかけ、熱く主張し、強く要求する勇気と粘り強さが私たち大人に等しく問われている気がします。                           (2015.6.29)
  

校長室発「深呼吸しよう」5月号  (2015年)                 校長 戸島 哲也

自分の身にかかわりのあること
 「私も中学校のとき、ずっと休んでいたので、放っておけません」
入学して3日目から休みが続いているHさん。彼女のことを心配する気持ちがクラスの生徒達の中にさざ波のように広がり始めました。2人の女子が発案して、みんなで手紙を書き2人が代表して自宅を訪問し届けることになります。その日、Hさんと3人で大いに盛り上がって「明日は絶対に学校に行く」と決心しますが、朝になると体調を崩して残念ながら登校はお預けに。2人の女子は、今度は担任の力を借りて(ねらいは担任の車)Hさんをドライブに誘う企画を温めています。
 5月という月は、教育に携わる者にとって特別な意味を持っています。それはこの月に3日の「憲法記念日」と5日の「こどもの日」があるからです。いずれも日々の忙しさに流されがちな私達に、教育という仕事が持つ責任の重さと本来の意味を再認識させてくれる大切な日です。しかし、残念なことに現状では、憲法も子ども達も非常に危うい状況に置かれていると言わざるを得ません。これからの時代を担って行く若い世代(生徒も教師も)と一緒にしっかりと学び伝え、そして平和で、生きている喜びを実感できる未来を次の世代へと手渡すことが私達年長者、先輩の責任と考えています。
 さて、敗戦から2年後の1947年8月。当時の文部省は、中学1年生の社会科教科書として「あたらしい憲法のはなし」という冊子を発行しましたが、その1ページ目にはこんな記述があります。
「皆さんは、憲法というものはどんなものかご存じですか。自分の身にかかわりのないことのように思っている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きな間違いです」と。それからもう70年近く経つというのに、この文章はますますある種の重みと迫力を持って私達に問い返して来ます。憲法改正に関わる「国民投票法」には、2018年からの投票に当たって、投票権は満18歳以上の者にあることが明記されています。それに伴って、公選法の改正も慌ただしく動き出しているようです。そうすると、ごく近いうちに日本中の高校3年生の内、少なくない人数が実際の投票に関わるということが現実となります。その時、一体何割の生徒が「自分の身に関わりのあること」として捉え、行動してくれるでしょうか。私は、先のHさんに対するクラスの仲間達のささやかな行動の中に大きな希望を感じます。「Hさんのことは、私に関わりのあることだから放ってはおけない!」のだと。その時、生徒達は、かつて自分が置かれていた状況を振り返り、今Hさんが直面している現実に目を向けて行くでしょう。そして、その背景にあるもっと大きな問題の輪郭が捉えられるようになるかも知れません。5月の風は暖かさを増していますが、やがて吹いてくる厳しい風に向かって、私達は生徒に伴走しながら一緒に歩いて行きたいと思います。  (2015.5.15)  

校長室発「深呼吸しよう」4月号 (2015年)                  校長 戸島 哲也

伝えたい想いがあるから
 「会えるのはまだかまだかと待ちわびていました。」
 4月になり新学期が始まると、担任の先生方は満を持して「学級通信」を発行します。その紙面には、生き生きとした生徒の姿や伝えたい想いが瑞々しい言葉に込めて踊っています。その様子は“華やか”と言っても良いほどです。
 昨年の5月号で、一緒にささやかな勉強会を行っている3名の若い先生方を紹介しました。実はこの4月から揃って1年生の担任を持つことになりました。3名とも意欲的に「学級通信」を発行しているので、私も心から応援しています。最初の1文は、その中のT先生が入学式当日に発行した第1号に書いていた言葉です。学級編成で自分のクラスになる生徒が決まり、ずっと写真とにらめっこしながらあれこれ想いを巡らせてきた10日間。今日やっと会える喜び。まるで、これから生まれてくる子どもを待ちわびる母親のような心境を感じさせます。
 私は若い頃「毎日発行するぞ!」と意気込んで始めたものの、全く書けなくなった経験があります。クラスの指導が思うように行かず生徒との関係もギスギスする中で、「何を書いても受け入れられないし白けるに決まっている」と勝手に弱気になっていたのでした。
 「先生、最近出てないけどどうしたの?私、結構楽しみにしてるんだから」
という生徒の励ましや「この頃通信が届きませんが、身体の具合でも悪いのでしょうか?」と言った保護者の心配を耳にしても、今日も明日も・・・やっぱりダメでした,
 そして、書きたくてたまらない日が突然やって来ます。体育大会で、上級生を相手に果敢に挑んでゆく当時のツッパリ連中たちの必死な姿を見た時です。胸も目頭もカーッと熱くなっていました。その夜、これでもかこれでもかと書き殴った記事の大見出しは「久しぶりだよ!こんなに気持ちがこみ上げたのは・・・」。その時、学級通信を書けずに苦しんでいた1ヶ月余りは、生徒と正面から向き合わず、避けてばかりいたことに気付かされたのでした。
 高校生の平均スマホ接触時間は、女子が7時間で男子が4時間、15時間以上が9.7%ともいるという調査結果があります。スマホでのやりとりに比べると学級通信は、直ぐに反応する必要はなく、読みっぱなしで良いし、嫌なら読まなくても良い。後でもう1度じっくりと読めるし、ずーっと後で思い出したように反応しても良い。何度も読みながら自分自身と会話し、自分を見つめる余裕や葛藤だって生まれます。それは書く側にとっても全く同じです。私達は、教師という大人の想いを、言葉としてもっともっと伝えなければならない。そう思います。(2015.4.19) 

校長室発「深呼吸しよう」3月号 (2015年)                 校長 戸島 哲也

   あの何かを感じた瞬間
 「・・・そして、母さん3年間ありがとう!」
 3月1日に行われた卒業式では、何人もの生徒が卒業証書を手に壇上で、自分の想いを会場に向かって話してくれました。私は、その度にスタンドからマイクを外して手渡すのですが、思わず笑ってしまったり目頭が熱くなったりと精神的にとても忙しい時間です。そのことばの1つひとつは実に分かりやすい。しかし正直なところ、この生徒ならひと言だけでは終わらないだろう?!もっとたくさん伝えなければならない中身があるじゃないか!そう不満に思ってしまうこともあります。同時に、感謝したいからこそ「ありがとう」という言葉に込める。シンプルだからこそ伝わるのかもしれない、そうも思います。
 毎年2月末、私の授業が終了すると何名かの生徒にあるお願いをします。1年間授業を担当した私の“良かった所・続けてほしい所”と“直した方がよい所”を自分の好きな紙に書いて提出してもらうのです。早々と持ってきてくれたT子は、体調によって欠席や遅刻はあるものの、穏やかな性格で真面目に授業に参加し試験の結果は常にトップクラス、提出物にはいつも中々面白い濃い内容を記入してくれます。私としては本当に安心できる生徒の1人でした。
 「先生に頼まれたこと以外のことをたくさん書いてしまってごめんなさい。でもどうしても読んでほしかったので・・・」と渡された2枚のルーズリーフノート。1ページ目には私からの課題が、その裏と2枚目は彼女らしい読みやすい文字でびっしりと埋められていました。中学校時代の授業や友人、先生と関わった辛い出来事や自分を認めてもらえなかった苦しい経験のこと。そんな中で追い詰められるように参加した明峰の説明会で素直に感じた気持ち。「あの時、あの何かを感じた瞬間は、今でも忘れていません」と振り返っています。入学後の様子を読んで行くと、彼女は徐々に本来の自分を見つめ直し、新しい自分と出会ったであろうことが想像されます。学校は、不安の空間から信頼と安心の居場所に変わっていったに違いありません。そういう自分のことを知っておいてほしかったと締めくくっています。あのT子の日々現れている姿の奥には、その何十倍ものストーリーがあったことを思い知らされたのでした。
 私達は時に、何かの出来事や指導をきっかけにそれまで全く予想していなかった生徒の内面、これまでに抱えてきた経験や様々な想いを知り、日々の姿とのギャップに驚かされることがります。そして、自分の生徒理解の浅さに気付かされます。私達はもっと、シンプルな生徒のことばや姿、表現の世界に分け入って、「あの何かを感じた瞬間」を探り当て、“あの時”を共有できる身体と感性を身につけたいと思います。        (2015.3.16)

校長室発「深呼吸しよう」2月号 (2015年)                 校長 戸島 哲也

明峰生らしい”科学の目”を持ち続ける
「僕はどうしても“戸島賞”が取りたいんです!」
友達と2人で校長室にやって来た3年生のSくんは、賞に入るために必要なポイントを聞き出して帰って行きました。やる気満々で、かなり期待できそうです。
 明峰高校の理科の授業は、1年生で「生物」、2年生は「化学」、3年生では「物理」を履修しそれぞれ私を含めた3人の理科教師が学年毎に受け持ちます。その3年生「物理」の単位を修得し卒業を決める条件の1つに「理科卒業レポート」の提出があります。理科・自然科学に関するものであればテーマは自由。もう10年以上続いているもので、私達3人で提出された全てのレポートに目を通し、それぞれが独自の観点で選んだ候補を持ち寄って、単位認定とともに優秀な作品を検討します。賞を設けているのは、生徒の頑張りに少しでも応えたいからです。“戸島賞”とはもちろん私が選定する受賞作のこと(そのままの名前ですね)。受賞者の発表は卒業式当日、セレモニーは最後のHR後なので、その日までに講評文と賞品を準備します。この賞品さがしも中々楽しいもので、始まった当初はほんの気持ち程度のものでしたが、ここ数年は少々過熱傾向。それぞれのセンスが光る見せ場でもあります。
 さて、昨年“戸島賞”を受賞したHさんのレポートは、「星について」まとめられた渾身の作でした。パソコンを使いきれいにプリントアウトされたレポートが多い中で、全ページ手書きで仕上げました。彼女への講評文で私はこう書いています。「最も気に入ったのは、『星について私が考えること』という記事。まるで、ちょっと堅めの内容が展示されている博物館の中で、ゆっくりと座ってコーヒーが飲める休憩室(喫茶室)を見つけた感じだ。まさにHさんの星に込める温かい想いが感じられるコーナーだと思う。その最後のまとめにあった『自然として生まれたときからずっとあり、なのに星というものは誰の心にもあり続け、ずっと輝いている』と言う表現は実に感動的だった」と。1人机に向かい、自分が大好きな星の世界に思いを馳せながら、あれこれと言葉を選んで書き込んでいる姿を想像すると胸が熱くなって来ます。
 これだけ様々な情報が氾濫し供給過多な時代にあって、自然科学に関する情報は特に難解で、まるで自分が置き去りにされているような感覚でいる方も多いのではないでしょうか。正直、理科が専門の私もそう大差はありません。卒業生でもこの分野と関わった仕事に就いたり、勉強を続けるという人はほとんどいません。それでもこの3年間で身についた温かくて、柔らかい、明峰の生徒らしい科学の目がこれからもみんなの心にあり続け、ずっと輝いていてほしいと願っています。                                  (2015.2.8)

校長室発「深呼吸しよう」1月号 (2015年)                  校長 戸島 哲也

心のサポーターとなる
 「先生、久しぶりイ!」
毎年4月も終わり頃になると、よく2年生の生徒からこんな声を掛けられます。
「よう、しばらく!たまには顔を出してくれよ」これが生徒に返す私の挨拶です。私が1年間「生物」を教えている1年生の教室は廊下を渡った新校舎に、2・3年生は校長室がある本館の2階と3階に位置しています。2年生の理科は「化学」へと変わるので、授業がなく教室の棟も移り担任でもない私は、懐かしい生徒達と校舎の中で久しぶりの再会となる訳です。明峰高校ではこの冬休みが明けるとすぐ最後の学校説明会があり、入学試験に始まり卒業式と年度末を経て新年度の準備、入学式へと一気に業務が進んで行きます。そのため、残念ながら季節や年度の変わり目をじっくりと味わう余裕がありません。この「久しぶりイ!」という2年生の言葉は、そんな私に「ああ、またこの季節がやって来たんだなあ・・・」と、遅ればせながら1年の経過を実感させ、新しい年へ向けて私を叱咤激励してくれます。
 さて、この年末に2年生のある生徒から1つの課題をもらいました。何回か校長室に顔を出してくれた生徒の1人です。2年生になってからの自分自身やクラスの変化、それに伴う悩みや現在考えていることなどを報告してくれた最後にこんな要望を出しています。「(校長だから)直接できることは、たくさんはないのかもしれないけれど“心のサポーター”として卒業を支えてほしい」というのです。1年を経て一回り逞しくなった2年生が、3年生への進級を目の前にして何かを掴みかけているような気がします。細かな解釈は抜きに、先ずはこの課題を丸ごと受け止めなければなりません。
 さあ、新しい年が明けました。“羊のように穏やかな1年を”と願いたいところですが、どうやら社会情勢は大きく動いているようです。益々ブレない軸を持った学校・教育づくりが問われている気がします。そのために私達は、今という時代をしっかりと読み取り、その流れに飲み込まれてしまうことがないような身体と意志を磨いて行きたいと思います。今年1年が、「あの年があったから、こんなに世界は平和で豊かになった!」と歴史に刻まれるような実りのある年となることを祈りつつ。
 生徒の皆さんとは1月16日(金)の始業式に、中学生の皆さんとはその翌日17日(土)の第4回学校説明会で元気に会いしましょう。                              (2015.1.1)

校長室発「深呼吸しよう」12月号  (2014年)                校長 戸島 哲也

名前をしって対話が始まる
「息子さんのお名前を教えてください」
 この言葉がSくんのお母さんと私をしっかりと繋げてくれるきっかけでした。5年も前のことになりますが、1月の中旬過ぎになって突然進学相談の電話をいただきました。本州からです。部活動に関わる先生の対応に納得できず、それが発端となって高校受験そのものに意欲を失ってしまいこの時期まで来てしまったのでした。途方にくれたお母さんは、パソコンを頼りに明峰高校のHPに辿り着き、藁にもすがる思いで電話をされたのです。その時に至るまでの様々な出来事を、あふれ出るままに早口で話すお母さんの声を聞くうちに、苦しんでいるSくんの姿が浮かんできました。そして「息子さんの・・・」とごく当たり前に尋ねたのでした。
 「これまで何校も電話で同じような相談をしたのですが、連絡先や保護者の名前は聞いてくれましたが、息子の名前を尋ねてくれたのは先生が初めてです!」あっ、この先生は本気でうちの息子と向き合おうとしてくれているなと直感したそうです。4月に入学したSくんは、山あり谷ありの3年間を過ごし今は大学生。どうやら教職員免許取得のための授業を履修しているらしい。
 今まさに、5年前と同じように入試も詰めの時期に入ってきました。学校説明会も2回目が終わり、今週土曜日には3回目が開かれます。私は、その個別面談で必ず話題にすることがあります。1つは「自分の名前が気に入っているかどうかということ」2つ目は「その名前は誰がつけてくれたのかということ」そしてさらに、保護者が同伴の時は「名前に込められた思い」を教えてもらうのです。以前からやっていたことですがSくんのお母さんと出会ってから、私にとってその意味合いは大きく変わって来ました。
 私達は日々、子ども達に向けてたくさんのメッセージを発しています。その1つ1つがしっかりと本人に届くためには「○○さんへ」という心の構えが決定的に重要です。たとえ相手が1人であってもクラス全員や全校生であっても、みんな大切な1人として名前があってそれぞれの想いで受けとめているということをいつも意識していたいと思います。
折しもこの原稿を書いている今日は衆院選の投票日。明日には全ての体制が明らかになっているでしょう。この間、数多くの主張や訴えを耳にしてきましたが、一体誰に向けて発せられた言葉なのか、疑いたくなる物言いや内容がいくつかあったような気がします。
 残念に思います。政治の場面でも外交の場面でも、相手の名前を知った上で誠実に対話しようとするスタンスを持つこと。これこそが今求められているはずです。
 あっという間に駆け抜けてきた馬(午)年は去り、もうすぐ新しい年が訪れます。皆さん、良いお年をお迎えください。羊のように穏やかな1年になることを祈りつつ。
追伸、このところずっと欠席が続いていて心配していたTさん。つい先日これからのことを話しに学校に来てくれました。思いもかけずにいただいた手紙の最後に一言「P.S.深呼吸しよう!ちゃんと見てます!!(笑)」と。どうもありがとう。これからも頑張ってずっと書き続けますから、是非読んでください。  (2014.12.14)

校長室発「深呼吸しよう」11月号  (2014年)                校長 戸島 哲也

私が入学したい学校なんです
 「僕も先生を励ましますから!」
 Tくんは、1年生最後の定期試験に次のようなメッセージを書いてくれました。「授業では僕にいつも優しく接してくれて本当に嬉しい思いでした。来年からは先生の授業が受けられないのが心残りです。これからも僕を励まして下さい。」その1年間、私がどれだけTくんを励ますことが出来たのか甚だ疑問ですが、少しは力になれたのかとホッとしたものです。最初に書いた「僕も先生を・・・」はこのメッセージに続く一文です。
 3年生になったTくんは金曜日の昼休みになると校長室に顔を出してくれるようになりました。私の授業が金曜日は2時間目で終わるので、余裕があることを知った上でTくんなりの気遣いでしょう。それでも5時間目の開始時刻が近づくと、何度も時計を気にしてチャイムが鳴る前に必ず「じゃあ先生、お邪魔しました。頑張ってください!」と言って校長室を出ます。私にとってはこの帰り際の一言もさることながら、このような時間を持てること自体が大きな励みになっているのです。
 教育という仕事には、様々な理由で困っている人(大人も子どもも)を解決の方向へ押し上げて行くという面があるように思いますが、そこに欠かせないのが「励ます」ということでしょう。ところが日々子どもたちと接しながら、励ますつもりが結果的に励まされてしまったということが多いような気がします。先日15日には今年度最初の学校説明会が行われ、昨年を上回るたくさんの中学生・保護者の皆さんとお会いすることが出来ました。実はその個別面談の中でも、私にとって大きな励ましとなることばと出会いました。「息子はもちろんなんですけど、本当は私が入学したいと思っているんですよ!」というあるお母さんの率直な感想です。明峰高校のことをそのように感じて下さったこと本当に嬉しく思います。本来は、受験とかかわった不安や悩み、疑問などをしっかりと受け止めて、十分なご説明や会話、お喋りなどを通じて安心して受験に向かってもらおうという趣旨なのですが、逆に私の方が激励されてしまったのでした。
 つい最近、Tくんがクリアファイルに入った1枚の書類を大事そうに持ってやって来ました。彼が受験した専門学校の合格通知です。苦労した校内選考をくぐり抜け、苦手とする面接試験を通過し、やっと勝ち取った合格ですが、彼の中ではまた新たな課題が浮かび上がっていました。果たして授業の内容は本当に自分が求めているものなのか、その授業に十分ついて行けるのか。そして、同じ学科の仲間たちとうまくやっていけるのか。Tくんとの励まし励まされる毎日はこれからも続くようです。                         (2014.11.21)

校長室発「深呼吸しよう」10月号  (2014年)                校長 戸島 哲也

歩き出せば景色が変わる
 「先生、これじゃあ2時半までのゴールは絶望的ですよ・・・」
10月3日に行われた強歩遠足。天気も前半は何とか持ちこたえたものの、残り2qくらいの所で猛然と雨が降り始めました。全身びしょ濡れでジャンバーをかぶった頭から冷たい雨だれがしたたり落ちてきます。ずっと一緒に歩いてきたKくんは、周辺の景色に全く見覚えがないのでゴールは遠いと判断し落胆したのでした。そんなことはない、もう少し歩けば、学校前の坂道に曲がる角の外科医院の看板が見えるはず。3年間近く登校し続けたKくんなのに、どうやら逆側の道路から学校に向かったことは一度もなかったようです。そのうち、「ああ、何だここかあ。やっとゴールだあ!」というKくんの叫びが聞こえて来ました。
 先月のことになりますが、テレビで見たニュースの一場面がとても印象的でした。それは、イオン(AEON)が直営するキャベツ畑で子どもたちを対象に収穫体験を実施したという内容でご覧になった方もいるのではないでしょうか。収穫する親子の様子や「楽しかったあ!」と言う子どもたちの笑顔とコメント。そして何より「子どもたちがとても喜んでくれて、本当にやって良かったと思います」とかなり興奮気味に話す現場担当の方たちの表情と笑顔、子ども達よりもはしゃいでいたのではないかと思うほどです。おそらく、予想していた反応を大きく越えて、(業務であることを忘れてしまうほど)心から「ああ、なんて楽しいんだろう!」という感覚だったに違いない、そう思えたのでした。
 実は、これと重なる場面が私達にもあります。入試と関わって行っているオープンスクールや学校説明会。そもそもは生徒募集に必要な取り組みとして始めたものですが、いざやってみると楽しくて仕方がない。目をきらきら輝かせた子どもたちとその保護者の皆さんに明峰高校のことをたくさん話し、授業をやったり、一緒に食事をしたりお喋りをして、相談にのって、「この次も来ますね」と明るい笑顔で帰って行く。学校中にたくさんの新しい出会いが満ちあふれて、何とも言えない暖かいエネルギーに包まれる1日。「なんて楽しいんだろう!」という感覚に疲れもどこかへ。
 私達の仕事は、様々な困難は伴いますがやり始めてみると又、違う状況が見えてきて結果的に“最初の思惑を大きく越えてしまう”ということがよくあります。子ども達も、私達が示した筋道を大きく裏切って驚くような結果を作り上げてくれます。歩き出して変わる景色は、目に見えるものばかりではありません。心に映し出される景色も大きく変わり、変えられて行くのだと思います。                     (2014.10.25)

校長室発「深呼吸しよう」9月号 (2014年)                  校長 戸島 哲也

人のつながりは世界を変える
 「私、先生に怒られてばかりだったでしょ。」
先週、1年生のA子が放課後、お母さんと一緒に校長室に顔を出してくれました。事務に急ぎの書類を届けるついでに寄ってくれたのでした。実はA子のお母さんは、明峰の1期生で1年生の時(小HR)は私が担任でした。もう20年も前のことになりますが、その当時の1年生と今の1年生が親子として並んで座っている。そんな2人と話すのは何とも不思議な感覚で、「よく怒られた」と言われてもそのような記憶はほとんどないのです。
 その頃の印象と言えば、控えめだけれど真面目で前向き、困ったときは数人の仲間と一緒に力を貸してくれる、体育大会勝利のために秘密の練習を企画(確か6人7脚)、“放課後勉強したい人集まれ!”にも参加、その頃2〜3歳だった私の娘に誕生日プレゼントをいただいたり(確かそのころ大人気であった”セーラームーン“のグラスやお茶碗)・・・そんな思い出ばかり。そして今では、思春期まっただ中の子どもたちを一緒に育てる仲間として、向いている方向は同じです。世代を超えた”人と人のつながり“。これこそ教育という仕事の、そして私学の醍醐味だろうと思います。
 人のつながりを考える上で、何よりも大きかったのは、3・11東日本大震災と原発災害の経験だったと思います。「絆」という言葉に様々な想いが集約され、誰にとっても決して他人事ではなくなった。そして、これまでの日本の社会構造や様々なしくみが「このままで良いはずはない!」と問い返される大きな分岐点となったはずでした。ところが、この3年間を見ていると、そのような期待とは全く逆の方向に舵が切られているのではないかという気がしてなりません。まさに今、目の前で続々と進められていることは他人事であるかのように錯覚させられているような怖さを感じます。教育現場を題材にした三浦綾子さんの遺作「銃口」が再び話題となっているのも、そのような現実への切迫した問いかけでしょう。“人と人のつながり”は、今一度立ち止まってじっくりと現状を考え、問い直す上で重要なキーワードとなり、いずれ世界を変えるに違いありません。
 この通信の掲載もだんだんと月の半ばまでずれ込んでくるようになってしまいました。「先生、早く更新しないと今月終わっちゃうよ!」と日々生徒に叱咤されています。反省しきり。9月は前期が終わり、振り返って一区切りつける季節です。私は当面、10月3日の強歩遠足に向けて身体を点検し直さなければなりません。中学生の皆さんとは、10月11日のオープンスクールでお会いすることになります。            (2014.9.18) 

校長室発「深呼吸しよう」8月号  (2014年)                 校長 戸島 哲也

本質を見抜く力
「黒板の字は読みやすく書くこと。」
 夏休みも終わりに近づくと授業のことが気にかかって来ます。いつもこの時期になると7月最後の授業で生徒に書いてもらったアンケートを読み返すことにしています。言ってみれば休みでなまった頭のリハビリのようなものです。その内容は、4月の最初の授業で私が子ども達に対して勝手にしたいくつかの約束が「どうであったか?」というものです。「黒板の・・・」はその中の第1番目にあげている項目。教師であれば当たり前のことなのですが、恥ずかしいことに字に自信のない私にとっては大切な戒めです。幸いなことに優しい生徒達ばかりなので、概ね合格点をくれているのですが、M子はそれに加えてこう書いています。「以前、読みにくい字があって先生はそれを1回消してまた書き直してくれたことがあった。すごく良かったと思う」と。
 その時の状況は「そう言えば・・」と思い当たるものでしたが、私の何気ない行動を改めて“私の約束”と絡めて「あの時、先生がやったことはこういう意味があったよね」というエピソードにして示してくれたのでした。
私達教師には、子ども達が日々経験する様々な出来事を整理し、その意味合いを解説し、そこから学ぶべき事柄を分かりやすく示して見せる、という大事な仕事があります。そして最終的には、「あなたはその生き方で良いのですか?」と問いかけなければなりません。人間関係も社会情勢もこれ程複雑になっている状況にあって、益々その重要さを実感します。そのために私達は、1つ1つの事柄の中に潜む本質を見抜いてゆく力と心構えを日々磨いてゆきたいと思います。
 8月15日は何の日か知っていますか?という質問に対して、100人の若者(10代後半から20代位の範囲と思われる)のうち52人が全く応えられなかったという結果がテレビの番組で扱われていました。「これはヒドイ!」と驚いたり嘆くことは簡単なことですが、その内容からするとそれではすまされないし放置するわけには行かないという気持ちです。このような現実の本質はどこにあるのか?もっともっとM子のような若者達と一緒に話題にして行かなければなりません。私達教師は、大人は、子どもたちに託すことで“未来”に参加することが出来る。そう思います。
さて、始業式は8月20日。待ちに待った賑やかな声がまた戻ってきます。中学生の皆さんとは、10月11日(土)のオープンスクールでお会いしましょう。                   (2014.8.17)

校長室発「深呼吸しよう」7月号  (2014年)                 校長 戸島 哲也

「集団」にこだわる私達の理由
「みんなと一緒にいると頑張れる気がします。」
 今年最初の定期試験(第1回)は6月の最終週に終わりました。以前も話題にさせてもらった解答用紙の最後にある「感想、要望」コーナー。K君は、そもそも勉強が苦手で点数も低いというのですが、「でも頑張る自信はあります。」と書いています。そして最後に「みんなと・・」と締めくくります。1人だと中々しんどいけれどみんなと一緒なら頑張れる。K君のクラスはそのような仲間を意識できる集団なのでしょう。
 私達は、安心して自分を表現でき、支え合い、学び合うことのできる関係の中でこそ、子ども達は人格を豊かに発達させることができると考えています。明峰高校の基本精神にかかげている「生きる力」とは、K君のように仲間とともに、仲間の中で生き、成長することが出来る「力」のことを指しています。私達が集団との関わりにこだわって教育実践を進めている理由はここにあります。
 折しも今月の1日、集団的自衛権の行使を容認することが閣議で決定されてしまいました。同じ「集団」へのこだわりであってもこちらは到底容認出来るものではありません。先月号で私は、大人に求められている課題として「安心して育ってゆける場や条件を子どもたちの周りに準備すること」をあげたばかりです。いずれ18歳の若者を社会へと旅立たせなければならない私達にとって、益々その意味合いは重く感じられます。黙っているわけにはいきません。
 さて、この通信は、昨年の8月号から書き始めましたからこの7月号で丸1年が過ぎたことになります。飽きっぽい私にしてはよく頑張ったものだと感心してしまいます。実は、その創刊号で「夏休み入試相談会」に参加してくれた中学生のことを話題にしたのですが、何と嬉しいことに私が面談した2名とも入学してくれたのです。きっとあの時話題になった悩みや課題、不安を乗り越えて明峰を選んでくれたのでしょう。さすがに1年前と比べると一回りも二回りも逞しくなったという印象です。「早いなあ、あれからもう1年経つね。調子はどう?」「もちろん楽しくやっていますよ!」と返事も明るい。今年の相談会は、8月2日(土)に行います。是非たくさんの皆さんが参加してくれること、そして1年後に同じような会話が出来ることを心待ちにしています。
 校内は7月18日〜20日に行われる学校祭(明峰祭)の準備期間に入りました。テーマは“my color 〜色彩明峰”。普段は見られない子ども達と先生方の“いい姿”と出会える、ワクワクする大好きな季節です。もうひと踏ん張りしましょう。                                   (2014.7.12)

校長室発「深呼吸しよう」6月号  (2014年)                 校長 戸島 哲也

ヒーローのお弁当
「今日はSが一番イケメンだ!カッコイイぞお!」「Sはやっぱり今日のヒーローだな!」
 ゴールキーパーとして相手チームのシュートを阻止し続け、最後に勝利のゴールを決めたS君。その瞬間、クラスの仲間から口々に讃えられ、照れながらもその姿は確かにカッコ良く輝くヒーローでした。
 先週の金曜日、今年度初の生徒会行事となる夏季体育大会が開かれました。競技種目も様々で、100メートルからクラス対抗リレー、走り高跳び、走り幅跳びなどの元祖陸上系から綱引き、ハンドボール投げ、障害物、大縄跳びと多彩です。全てクラス対抗形式で、クラス応援旗の審査結果も総合得点に加算されるので、運動が不得意な生徒も活躍できます。正にクラスあげての総力戦になります。その中でどの対戦も劇的なゲームを展開して盛り上がったのがPK戦。冒頭に紹介したシーンはその時の様子です。
 試合後、一息ついてS君が少し遅い昼食を取る場面に私は偶然通りかかりました。バッグの中から弁当箱を取り出して膝の上に置き、大事そうにそっと蓋を開けると、美味しそうな肉が一面に敷き詰められた焼き肉弁当。彼は、少しの間眺めた後、ニャッとして箸を付けたのでした。
 S君は今3年生ですが、1年生の頃は何かと落ち着かない生活が続き、お母さんも何度となく学校に足を運んでいました。担任の先生や学年の先生方ばかりではなく私も相談相手になることがありました。その度に会議室で心細そうに座っていたお母さんの姿が今でも目に焼き付いています。 ああ、お母さんは今日もS君のためにお弁当を作ってくれたんだ。きっとあの日からずっと、不安な気持ちを抱えながらもどこかで息子のことを信じて毎朝弁当を作り続けてくれたのだろうな・・・。これは私の勝手な想像ですが、そう思い始めると胸がじんわりと熱くなり、つい先ほどのS君の姿と「ヒーローのお弁当」が何倍にも輝いて見えてきます。
 子どもたちを見ていると、「あれっ、いつの間にこうなったのだろう?」と思う時があります。特に私の場合、授業で生徒と関わるのは1年生の時だけなので、その後については「浦島太郎」のような状況で、きっと私の見えないところで大事なものが育っているに違いないという実感があります。では、その育ちを支えているのは一体何か?それは、「安心感」に尽きると思います。先の“お母さんが作ってくれるお弁当”はこの安心感を象徴しているような気がします。安心して育ってゆける場や条件をどれだけ子どもたちの周りに準備してあげられるのか。これは私たち大人に等しく求められている課題です。                       (2014.6.13)
 

校長室発「深呼吸しよう」5月号  (2014年)                 校長 戸島 哲也

若い世代とともに学ぶ
 授業の空気がすごく良いと思いました。この空気感がずっと続けば・・・」
 私の授業が始まって3週間、「生物日誌」の記入は各クラス4〜5名へと進んでいます。私の授業では生徒との対話を基本に、生徒の様々な考え方や視点・発想が授業を展開するエネルギーとなります。そのため、シーンとした中で板書するチョークの音が響くというイメージとはかなり違います。最初に紹介した一文にある「空気感」については、そのやり取りが静かすぎず、うるさすぎず、ちょうど良い“さわがしさ”なのだと生徒は解説してくれています。同じように「クラス全体が明るくなっている」や「みんな自分から意見を言っていて良かったと思う」といった記入も増えて来ました。自分が毎日暮らす場や仲間の状況が今どうであるのかいつも気にかけているのです。このような生徒達の心のありように私達はもっともっと敏感になりたいと思います。
 さて、私はこの4月から、もう1つ別の課題を持つことになりました。この通信の1月号で「この間“どうしても教師になりたい!”という若い人達と接する機会がありました。」と話題にしましたが、喜ばしいことにその中から3名の若い仲間を迎えることが出来たのです。皆この春大学を卒業したばかりの若者で、私の娘と同年代の同僚です。私の課題と考えているのは、いずれ次の世代を担う教師として大きく育ってほしい、育てたいという期待を込めているからです。生徒には着任式で「良い教師に育つように応援してほしい」とお願いし、先生方の力も借りながら月に1〜2回のペースでささやかな勉強会を始めました。私も共に成長するチャンスと楽しみにしています。
 今日はこどもの日。子どもの権利条約では「学校は一人ひとりの子どもを大切にし、その子の個性や持っている力をめいっぱい伸ばしてあげる場所です」と表現しています。これからの時代を担う若い世代(生徒も教師も)を育てるのは学校であり、私達年長者や先輩の責任でもあります。この連休で十分にエネルギーを蓄えて、休み明けからの新しい「仲間」「知識」「自分」との出会いに一歩踏み込んで行きましょう。         (2014.5.5)
 

校長室発「深呼吸しよう」4月号 (2014年)                  校長 戸島 哲也

楽しみな”新しい出会い”
「あのう、僕がこの学校に来ることに意味はありますか?」
 今からもう20年近く前のことになります。入学試験の面接、その最後で「何か私達に聞きたいことはありますか?」という私の問いに、じいーっと考えていたKくんはこう質問して来たのでした。予想外の反応に「それは・・・、君次第だよ」と答えてみたものの、その時の私は彼が入学してくれるのかどうか半信半疑でした。そして4月、入学式から数日後のある日、廊下で偶然Kくんと再会。その時はじめて彼が明峰に入学していたことに気付いた私は、驚きと嬉しさの余り、握手して思わず男2人で抱き合ったのでした。
 私はこれまで様々な場面で、明峰高校に入学しここで高校生活を送ることに、一体どんな意味や価値があるのかということについて数え切れないほど語って来たつもりです。その表現方法や例として話題にするエピソードなども、その時々に接してきた生徒の姿や状況によって様々に変わっています。しかし、いつも私の心を捉えていたのは、あの時の「Kくんの質問」に自分のことばで自信を持って答えたいというこだわりでした。
 4月10日、朝からみぞれ混じりの雪が降る春とは思えない寒さの中で、入学式が行われました。私は、新入生と保護者の皆さんに向けた挨拶の中で、3つの視点から「明峰高校に入学する意味」について話させてもらいました。1つは、「新しい仲間」との出会いがあること。2つ目は、「新しい知識」との出会いがあること。そして3つ目、「新しい自分」との出会い(=出会い直し)があること。ここでその1つ1つについて詳しく解説することは出来ませんが、いずれも長い間生徒と接しながら少しずつ生徒に教えられ、私の確信となって来たものです。
 今週から1年生でも授業が始まり、どのクラスも「おはようございます!」がとても気持ちいい。あいさつ係の生徒が決まり、楽しみな「生物日誌」(A6版のミニノート)の記入も始まります。あっと驚くような“新しい出会い”の場面をたくさん提供できるように頑張ります。                   (2014.4.16)
 

校長室発「深呼吸しよう」3月号 (2014年)                 校長 戸島 哲也    

伝える想いと受け取る心
 この木曜日、4回目の卒業式が行われました。やっと単位が取れて3週遅れの旅立ちです。3人のために家族や一足先に卒業した仲間、後輩そして教職員が会議室に集まります。校歌に始まり、卒業証書の授与、私の式辞、担任それぞれからのお祝いのことば、そして卒業生1人ひとりから一言。式が終わると、代わるがわる写真を撮ったり思い出話をしたり、初めて会う家族同士で挨拶を交わしたり。簡素化されてはいますが3月1日にはない特別な空気があって私は好きです。やはり卒業を諦めないで良かったと実感する瞬間です。
 実は、3月1日の卒業式、私の式辞で話さずに終わった部分がありました。ここまで子ども達を育ててこられた保護者の皆さんに感謝と労いの気持ちを話させてもらう場面。3年前の入学に当たって、あるお母さんから頂いた手紙の一部を紹介しようと思っていたのです。「中学校では突然学校に行けなくなり、私はもちろん本人が一番不安で悩んだのではないでしょうか。そんな娘が明峰を知り『明峰に入って高校で変わりたい』そう言ったことばはとても大きなことでした。その言葉を信じ、助け合い、親子で無事卒業を迎えたいと思っています。まだまだ不安はあります。しかし、娘と一緒に将来の夢に向かって卒業まで頑張ってゆきたいと思います。・・・」この思いは、決してこのお母さん1人のものではないはずです。私は、「どうですかお母さん。その卒業の日が訪れましたよ。今日この日は、お子さんの言葉を信じ、親子で助け合ったからこそ迎えられた日ですね。」そんな気持ちを話すつもりでした。
 ところが、卒業証書授与に予想以上に時間がかかり、その部分をカットすることにしたのでした。急な判断なので、前後のつなぎに少々苦労しましたが。授与に時間がかかる理由は2つあります。1つは、全員に読み上げて手渡すということ。握手をしたり一言声をかけたり。もう1つは、卒業証書を手に自分の想いを会場に向かって話す生徒が何人もいるということ。「お母さん、体が弱いのに毎朝お弁当を作ってくれてありがとう」「こんなオレのことを仲間にいれて心配もしてもらって、みんな本当にありがとうな」制服の袖で涙をぬぐいながら立ち往生してしまう生徒もいます。この姿で私のことばの何倍も伝わっていることは明らかでした。
 卒業式が終わり、気がつけばもう新しい年度が目の前です。別れの後は、出会いが待っています。今月は少々サボってしまった「深呼吸しょう!」でしたが、また張り切って“明峰の今”を発信しようと思います。また、4月にお会いしましょう。                                  (2014.3.22 )

校長室発「深呼吸しよう」2月号 (2014年)                 校長 戸島 哲也

忘れられない出来事
 「戸島は就職先決まったのか?!」
今からもう34年も前のことになります。大学を卒業して実家に戻って来たものの就職を決められずにかなり焦っていた私に、高校時代の恩師であるT先生(と言っても1年生の時だけの担任でしたが)からの電話でした。実は高校を卒業してから5年間、その時まで一度も接触がなく、失礼なことにそのT先生は僕の頭から全く消えていました。しかし先生は、私が教師を目指していることを知っていて公立高校の時間講師の口を紹介してくれたのでした。そして、私の教師生活はこの時スタートを切りました。私はよく生徒から「どうして先生になったの?」と聞かれることがあります。もちろん、私の教師という仕事に対する特別な想いを暑苦しく語るのですが、心の中ではいつも「あの先生があの時声を掛けてくれたからだ!」と自分に言い聞かせています。高校生活と関わる思い出は随分と遠くの出来事になってしまいましたが、あの電話とT先生の声はこれからも決して忘れることはないでしょう。
 いよいよ3月が、そして卒業式が近づいて来ます。昨年の卒業式式辞で私は、夜間中学を舞台にした映画「学校」の一場面を話題にしました。「幸福とはなにか」についてクラスで考えている場面。みどりという女の子が自分の経験を語ります。鑑別所を出て自ら更生しようと中学校に戻ったけれど彼女を追い出そうとする教師達に怒り、学校を飛び出します。ある時、夜間中学の広告を偶然見かけますが中々入れず門の前で佇んでいたところを西田敏行が演じる教師、黒田に声を掛けられます。その時の気持ちを泣きながら話すのですが、その最後にこう言うのです。「・・・やめよう学校なんてーそう思った時よ、変なおじさんが側に来て、たばこ臭い息吐きながら、『どうしたの、この中学に入りたいの?』そう言ったの。それがこの黒ちゃんなんだけどさ、そん時私・・・そん時私、あー、もしかして私、幸せになれるかもしれないって・・・。」
 生徒の“幸せ”に関わって私達教師が出来ることはほんのわずかです。でもその些細な営みが時に生きる上で大きな支えになったり、その後の分岐点になったり、決して忘れることの出来ない出来事になったりします。そこに私達は大きな希望を持ち続けるのです。3月1日を楽しみ待つことにします          (2014.2.11) 

校長室発「深呼吸しよう」1月号 (2014年)                  校長 戸島 哲也

1つの決意をもって迎える年
2014年、明けましておめでとう! 新しい始まりはいつも希望と喜びに満ちています。今年1年が皆さんにとって、これまでにも増して「輝く」年になるよう願っています。
 振り返って、去る12月7日は土曜日でしたが学校説明会のため出勤日でした。その朝の打ち合わせで私は、「昨夜、参議院で『特定秘密保護法案』が成立した」ことを受けて、今後間違いなく教育の現場に大きな影響が及んでくる、今後も私達1人1人の問題として注目して行かなければならないという主旨で話させてもらいました。この話題を含め2013年は、私達のものの見方や考え方の“質”が問われる出来事が実にたくさん起こりました。これらの出来事は、たとえ年が改まっても過去のものではなく、現在進行形であることを意識して行きたいと思います。
 さて、この間「どうしても教師になりたい!」という若い人達と接する機会がありました。それぞれこの3月に卒業を控えている学生であったり、非常勤や期限付き、代替や時間講師として学校現場で奮闘している方、教師を目指しながらも今は他の業種で仕事をしている方など現状は様々です。共通しているのは「生徒に信頼される教師になりたい」という強い決意を持っていることでした。私達の後を引き継いでくれる若い先生方が確実に育っていることに喜びを感じながら、みなさんがそれぞれの教育現場で新しい始まりを持たれ、活躍されることを願うばかりです。
 ところで、私達教師が生徒に信頼されることは確かに教育活動を成り立たせる大切な基本です。しかし、私達はその信頼の先にあるものを見て行かなければならないと思います。私達の仕事は「教える」ことに大きな比重が置かれていますが、過去には誤った教えの下に生徒・子ども達を悲劇的な方向へと導いてしまったという苦く辛い歴史を持っています。教師が信頼されていればそれだけ「教える」ことに重い意味を持って来ます。世の中には、これからの社会や自分自身の将来を大きく左右するような重大な問題が起こっているのにその事実を知らない、知らされないでいるということがある。その事実と関わって「何を」「どのように」教えるかが私達に強く問われているに違いありません。
 「たとえどんなに小さなものでもいい。1つの決意をもって新年を迎えてほしい。」 冬休み前の終業式で、私はこの通信の「12月号」で話題にした谷川俊太郎さんの一節を引いて生徒にこう訴えました。あなたの決意は何でしょうか?私にとっての決意。それは、「自分のたたかいから目をそむけないこと」です。その“たたかい”の中身については、休み明け機会があれば皆さんとじっくり話してみたいと思います。それまで、たくさん食べて、勉強して、運動して元気に過ごすこと。では、1月17日の始業式に会いましょう。            (2014.1.1)

校長室発「深呼吸しよう」12月号  (2013年)                校長 戸島 哲也

愛情のこもったプリント
 「教科としての生物はあまり好きじゃないし、授業もとっしーの声が心地よくて寝てしまいます。(笑)」 
 第3回の定期試験が先週の火曜日から3日間行われました。私が担当している「生物基礎」は最終日に当たっていたので、苦労の末に採点も終わり生徒への返却が始まっています。私の試験の答案用紙には最後に「授業や試験に対する感想や要望」を書くコーナーがあります。生徒達は案外思ったことをストレートに書いてくれるので、普段気付かないでいることにハッとさせられたり、自分の授業を振り返り、反省したり激励されたりしています。冒頭の一文は、その1つで“とっしー”というのは私のことなのですが、さらにこう続きます。「それでも私がテストで良い点を取れるのは、テスト対策のプリントにしても、授業のプリント1枚1枚にしても、私達生徒を楽しませる工夫があるからだと思います。愛情のこもったプリントがあるからこそ勉強しようと思えます。」
 私の授業はプリント主体なので、生徒に興味を持ってもらえるように様々な工夫はしていますが、それを「愛情のこもった」と表現してもらったのは初めてのことです。当然のことですが、私達の仕事はその根っこに愛情がなければ成り立ちません。そして、それは残念ながら中々見えにくいものです。だからこそ私達は、生徒と向き合うときもっともっと「愛情をこめる」ことを意識しなければならないのかもしれません。また、生徒から新しい課題をもらった気持ちです。どうもありがとう。
 前号で予告した創立60周年式典、祝賀会ともに無事終了し、毎週土曜日の学校説明会も始まりました。中学3年生の皆さんにとっては、これからが高校受験の本番。ぜひ本校にいらして直接、“明峰高校”に触れていただきたいと思います。お待ちしています。
 さて、もうすぐ暮れて行く2013年は、私が校長としてスタートを切った忘れられない年。8月に思い付いて始めたこの「通信」も5ヶ月目に入りました。日々の他愛のない話題を勝手な想いでつづって来ましたが、多くの方々に読んでいただきました。改めて感謝申し上げます。ところで、2014年「1月号」は、新年のカウントダウンに合わせ1月1日になった瞬間にUPできないかと考えています。お楽しみに! では、少々早いですが、皆さん良いお年をお迎えください。
「新しい年が地球の上にやって来た 違うよ それはきみの決意の中にしか来ない」
 <谷川俊太郎・『新しい年』より最後の1節                  (2013.12.2)

校長室発「深呼吸しよう」11月号  (2013年)                校長 戸島 哲也

すぐそばにいる大事な人
 「ほら あなたにとって大事な人ほど すぐそばにいるの だた あなたにだけ届いてほしい 響け恋の歌」  明峰高校の修学旅行は、沖縄での3泊4日の研修です。5年程前、それまでの修学旅行のあり方を再検討した際に、話題となったテーマの1つは「“現地”の歴史・文化・自然・人・食などと出会い、深く学びながら新たな世界観を身につける。」というものでした。そこには、沖縄という地が持つエネルギーや様々な教育力に対する私達の大きな期待と意気込みが現れています。
 9月に入って、私達教師の実行委員会と並行して、生徒の実行委員会が本格的に始動しました。その中で毎年旅行のテーマ曲が話題になるのですが、今年はモンゴル800の「小さな恋の歌」に決定。冒頭の「ほら・・・」はそのサビの部分に出てくる歌詞です。この間、実行委員会が発行する通信「なんくるないさ〜(“何とかなるさ”という意味)」にはこの歌詞が載せられ、2年生の各クラスでは朝のS・HRで毎日この曲を歌ってから1日を始めて来ました。私は今回、旅行団の団長として参加することになっているので、時にクラスにお邪魔して一緒に歌いながら何とか生徒に追いつこうと下手な歌に磨きをかけています。
 ところで、明峰高校の旅行は沖縄からの学びを大きく掲げながら、同時にこの旅行を通して、生徒達の人間関係がより深いものになってほしいという私達の願いが込められています。「すぐそばにいる大事な人」に気付いてほしい、その思いが「届いて欲しい」という歌詞、実は私達のメッセージでもあるのです。この曲を選んでくれた生徒達に感謝しなければなりません。どうもありがとう。
 出発は明日ですがどうやらこの数日、沖縄の天気は良さそうなのでひと安心です。こちらに戻ってくると、創立60周年記念行事(11/23・式典、祝賀会)の準備が最後の詰めとなります。そして、11月30日(土)からいよいよ4回の学校説明会が始まります。中学生のみなさん(保護者の方も先生方も)は、ぜひこちらへご参加ください。楽しみにしています。                                (2013.11.5)

校長室発「深呼吸しよう」10月号 (2013年)                  校長 戸島 哲也

それぞれのゴールを目指す
「先生、『校長室発通信』の10月号、早く書いてよ。僕、ちゃんと読んでるんだから!」そう言ってスマートフォンの画面を見せてくれた生徒がいます。すぐそばに読者がいたこと、こんな励みになることはありません。また頑張ることにします。
 さて、明峰高校の後期は“強歩遠足”から始まります。普通の生活では中々経験できない長距離を歩く。バスケ部や野球部の生徒などはトップを狙って全力で走る。予め設定された制限時間の範囲であれば途中で休憩も自由。それぞれのペースでゴールを目指すわけです。小樽は坂の街、距離よりもこのコース内のアップダウンとそれに伴う景色の変化が大きな魅力であり、また辛さにもなります。それに加えて、明峰高校は天狗山の麓にある学校ですから必ずどこかで「登り」を越えなければなりません。私は、この行事では担任のころから生徒と一緒に歩き続けて来ましたが、今年の任務は「最後尾」を歩くことでした。
 日も傾きかけてあと4キロくらいの所で追いついた最後尾は、3年生の男子3人グループ。まだまだ元気な2人に比べて、1人S君はもうかなり疲れ切ってやっと歩いている状態。私も加わり好き勝手なおしゃべりをしながらS君を励まし叱咤し、いじりながら4人の歩みは続きます。そのうち制限時間が気になり、「これ持ってやるよ」とS君のリュックを受け取った2人はスピードを上げ、最後尾は私と2人きりになってしまいました。
 S君は、昨年コースの半分も行かない所でリタイアしてしまった。今年は最後なので何としてもゴールしたいと言います。しかし、皮肉にも疲れ切って最後に残ったのは長い長い「登り坂」。住宅の階段の登り口や低い併、ガードレールやバス停の土台などに座ったり、電柱を支えに腰や膝、アキレス腱などを顔を歪めながら屈伸。「まるで24時間テレビだな」と足をマッサージしてあげたり、巡回車のお父さんから激励の声もかかります。
 ところが、残りもう1キロ足らずというところで彼は電柱に手をついてそのまましゃがみ込んでしまいました。「先生・・・、もうダメです。すいません・・・」巡回車に連絡を取って一息ついていると、縁石に座り込んでいたS君がポツリと一言「悔しいなあ・・・」そこで私「頑張ったじゃないか。去年は半分も行かなかったんだろう?ここまで来たら大したものでしょ。ここが今のSにとってのゴールさ。胸張って行こうや!」
 目指している目標や夢のことをもし「ゴール」と呼ぶのならば、それは人それぞれ違っていて当たり前だし人と比べるものでもないでしょう。疲れたりうまくいかない時はちょっと一休みすればいい。そう言えば、強歩遠足に向けたクラス川柳コンテストにこんな一句がありました。“疲れたら空を見上げて深呼吸”
 さあ、盛りだくさんの後期が始まりました。それぞれのゴールがまた見えて来ます。(2013.10.15)

校長室発「深呼吸しよう」9月号  (2013年)                 校長 戸島 哲也

若い世代に夢を託す
 夏場は、恐らく全校一暑かったこの校長室。9月に入って窓から流れ込んでくる風が随分と涼しく感じられるようになりホッとしています。
 「先生、今日の話は長かったよ!」夏休み明けの始業集会の後、何人かの生徒にそう言われてしまいました。それは当の私自身も感じていたこと。実に申し訳ない。それというのも、この夏私が心動かされた1つの文章について生徒のみんなにどうしても話したかったからなのでした。その文章とは、8月9日の長崎平和式典で長崎市長が読み上げた「平和宣言」の一節、「若い世代の皆さん、」で始まる部分です。その終わりの方にこう続きます。「そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみて下さい。互いに話し合ってみて下さい。あなたたちこそが未来なのです。」明らかに高校生を含む「若い世代」へ向けた強いメッセージです。
 奇しくも長崎市長の田上富久さんは私と同じ歳、戦争が終わって11年経ってから生まれた戦後世代です。全く同じ時代を生きて来た仲間として、私自身の想いとともにその意味するところを伝えなければならないと感じていたのでした。私は、学校を辞めようと考えているある1年生に向けて、自分の経験を踏まえ「辞めてはいけない!」とメッセージを送ってくれている2年生の先輩の話題を引きながら話しました。まだまだ夏の暑さが残る体育館で、私のことばは少なからず空回りしていたのかも知れません。私達教師の仕事には、私達の夢を次の世代へ託せるという希望があります。だからこそ、体を張って伝えなければならない時があるのだと思っています。
 9月は、前期が終了する月。1年生は宿泊研修を終え、2年生は修学旅行の準備に入り、3年生は進路に向けて本格的なスタートを切る。4月から突っ走って来た自分とクラスを振り返り、本気で成長できる季節。迷いや悩みでさえも成長のエネルギーに変えてくれる実りの季節です。10月は目の前、まずは一休みして10月にそなえましょう。                                          (2013.9.24)

校長室発「深呼吸しよう」8月号  (2013年)                 校長 戸島 哲也

夏に見つけた明るい出会い
 「今度の補習、先生やさしく教えてね。絶対100点取るから!!」
校長室の私の背中側の壁には大きなホワイトボードが備え付けてあります。私は物忘れが激しいので、思いついたことを直ぐメモしたり、当面必要な資料やプリント類を磁石で貼り付けておくためです。「今度の・・・」はその隙間にあった生徒のメッセージです。校長室のドアはいつも開けっぱなしにしているので、時々生徒が顔を出してはおしゃべりして行きますし、中には一言メモをする生徒もいます。補習というのは、定期試験で成績が思わしくなかった生徒に対して夏休みに入ってすぐ行う授業のこと。この生徒は残念ながら100点は取れませんでしたが、一生懸命に授業を受けて「先生、ありがとう!」と言って帰って行きました。いい夏休みにしてくれよ。
 さて、先日8月3日に「夏休み入試相談会」が行なわれました。この会は来年度の入試に向けて子ども達や保護者の皆さんと初めてお会いする場面です。「相談」としているのは私達の説明よりも皆さんの声、例えば様々な想いや悩み、要望、願いなどを聞くことに重きを置いているからです。入試というとどうしてもちょっと重くて厳しい、暗いイメージが付き物ですね。でも今回、子ども達と話しながら何か明るい出会いがあったという印象です。勉強は殆どダメだけど、高校に入ったらやっぱりじっくりとやり直したいと思う。」「去年からベースを始めたんだけど音楽関係の活動がしてみたいです。」「実は、船の上で働く仕事に就きたいと思っているんです。」 みんな今の自分のその先を見ている。私達はそのような願いを大切にしながら、進路決定に向けてこれからも応援して行きたいと思います。この後予定されている企画にもどうぞ参加してください。お待ちしています。 
 今はまだ夏休み中、校内は普段とは違った静けさの中にあります。部活で汗を流す生徒や進路の相談で登校している3年生が、時々校長室に顔を出してくれるのがありがたい。8月21日の始業式、又賑やかなみんなの声が戻ってくるのを楽しみにしています                              (2013.8.5)
このページのトップへ